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『現代女流川柳鑑賞事典』 (6) 田口麦彦著 三省堂 2006
この事典には126人の女流川柳家の句が集められている。

編集は、作家名あいうえお順。各作家の代表句及び20句。略歴。出典。作者からのメッセージ。
104
◆ 前田 ひろ 1944岡山県 バックストローク同人
長椅子を正しい位置に置きかえる
土いじりが好きで、野菜、花など植えて楽しんでいる。これらは自然に近い状態で育ててやるのがベスト。
私にとっての自然体でいられる状態を模索しながらの毎日。私がわたしらしく、このおばさんがおばさんらしくおれる為に。
躓いたところにふるさと置いてくる
勇気下さい今 背をすこし押して
真っすぐに伸びていいのか迷ってる
鶴を折っては毀していく遊び
105
◆ 前田 芙巳代 1927姫路市 グループ明暗同人
冬立ちぬ熟年離婚セレブ婚
なにげなく踏み込んでしまった川柳に、のめりこんだり、つき放したり、悔いのない人生でありたいし、
締め切り日を必死で追いかけていることでしょう。
無駄なことだが毎日研ぐナイフ
たましいがひどく汚れて三日経つ
合掌でひとりふたりは殺せそう
壷があって乳房があって首がある
手を振って死ぬか笑ってごまかすか
106
◆ 政岡 日枝子 1936鳥取県 川柳塔きゃらぼく代表
母校から消えた私の水呑み場
私の句は攻めの句であり、その強い句姿が気になる等といわれたことがあった。
しかし自己評価では、攻めどころか足下に気を配り、川柳の心に近づこうと
真摯に実生活を生きているのに何故と思ったものである。
公民館活動の川柳と係わるようになり、初心者の方々と触れ合うことによって、再び原点に立ち戻ることが出来、
またソフトな面の句も作れるようになり、地域の人々との交流の効果でもあろうかと、密かに思うこのごろである。
欲ばってみても一日分の塩
私より少うし軽い桃の命よ
好きな人と同じ時計の中で寝る
人の手を離れ風船らしく飛ぶ
ことばの中にいつも仏といるあなた
107
◆ 松田 ていこ 1945新潟県 現代川柳「新思潮」正会員
工房に残る蛍の息づかい
様々に湧き上がる想いを、川柳という短詩にのせ、ほろほろと開放してゆく事で心の平安は保たれているようだ。
花陰の母もかげろう吾もかげろう
一面のれんげ畑に抱きとられ
マッチ売りの少女と雪を売りあるく
悪女かも知れぬ林檎を剥いている
雪匂う此の一本の帯たたむ
108
◆ 松永 千秋 1949福岡県 バックストローク同人
斃してもすぐ立ち上がるコーラ壜
入門時、先輩に千秋の名をつけて貰ってから三十余年、ここへ来てようやく千秋の名前が活きて来たような気がしている。
遅ればせながら川柳を通して、自分と向き合い、自分に問いかけることが多くなった。
さくらさくらこの世は眠いところです
一斉に舌出しをする夜の桜
ご自由にどうぞ明るい落とし穴
どうにでもして空っぽの箱だから
109
◆ 松村 華菜 1936熊本県 川柳くろがね会員
目が合うと笑ってしまう弱い葦
平成の年を迎えて間もなく、私の人生を変える、辛い、悲しい出来事が起きた。
虚しさと淋しさの中で、もがき、苦しみ、荒れていく私を、静かに包み、
暖かく受け止めてくれたのは川柳だった。そして川柳が私を癒してくれる一番の親友になった。
書きなぐる詩は悲しい独り言
淋しさに克つジョギング紐きりり
アイライン消せば気弱なおんなの目
いま一度燃えねば灰になりきれぬ
冬木立わたしも芯は枯れてない
もう一度わたしを賭ける滑走路
110
◆ 松本 文子 1936新潟県 川柳塔同人
似たような過去で小鳥を飼っている
昭和三十四年、慈しみ育ててくれた故郷を捨て島根に来た。そして思わぬ夫の死・・・。
その頃の私は生きながら死に、死にながら生きて来たと思う。
昭和六十一年句集『渡り鳥』を出版した。
これが愛これが哀しみ花開く
左手の劣等感に置く指輪
もがいているのか いいえ舞っているのです
たくさん持っているけど希望だけがない
狂いそうだからぶらぶらしています
遠くへ行こうこんな地球に飽きたから
111
◆ 峯 裕見子 1951京都府 びわこ番傘同人
引退の馬飾られて草の上
二十年前、サラリーマン川柳や時事川柳とは色あいのちがう川柳に触れたとき、
こんなに小さくてこんなに自由な文芸があるのかと目が開いたように思い、川柳を書くようになりました。
この街で風に裏返されている
マスカラを謎だ謎だと塗りつける
高櫓あなたのためにだけ唄う
桃缶を開けて許していただこう
母はまだシミーズと呼ぶ春の風
112
◆ 宮村 典子 1947三重県 番傘川柳本社同人
もう少し生きたい豆腐ハンバーグ
毎日を機嫌良く生きることが亡父母への親孝行だと思っている。実際、泣いても笑っても一日は一日。一生も同じ。
だとしたら、笑っている方がいい。少しぐらい哀しくても、笑っている方がいい。川柳はそんな日々の、ホントの心を写す鏡。
いつか来た道で昔を待っている
許されるまで人間という刑に
さまざまな愛されかたをしてひとり
たましいを鳴らして人は愛しあう
しあわせな花は黙って咲いている
113
◆ 宮本 美致代 1924東京都 川柳噴煙吟社幹事同人
熟れてゆく麦も女も手におえぬ
「人間」生の終わるまで男は男、女は女です。男と女のいる限り人生の喜怒哀楽は永劫に続くはずです。
句材にもこと欠くことがありません。
川柳をはじめて一番興味ぶかく手近に詠めるのは「男あんど女」だと思っています。
時には危ぶまれる様な句もありますが、大正女のベールをかなぐり捨てることも気持ちのいいものです。
秋しぐれ酔うほどに過去さばかれる
山のあけび熟れて時効となるはなし
おんなにもいくさがあって開く傘
帰ること忘れてします夜のしぐれ
114
◆ 宮本 めぐみ 1933宮城県 「杜人」同人 「双眸」幹事
雨が止んだら礼拝堂に行くつもり
私の亡母は敬虔なクリスチャンであった。いろいろな面で亡母を尊敬しながらも、クリスチャンになれぬまま現在に至っている。
私はある不幸に見舞われた時、偶然に”ラジオ川柳”を聞き、一筋の光を見る思いがした。
何の前触れわたしの胸でする羽音
闇へ闇へと胸の蛍をつき放す
115
◆ 森中 恵美子 1930神戸市 番傘川柳本社同人
十二月両手に残るものは何
「私」というものが近頃、ちいさくなってしまって行動範囲もせまくなった。加齢という事実は動かせないが淋しいことである。
人間をいま一度、掴みなおしてみたい。一日を明日へとつなぐ笑いのエキスと共に。
生きているから人間のガスを抜く
わたくしの顔を占めてる資生堂
折りたたむ傘に似てくる手も足も
仏さまの花を値切ったことはない
誕生日ローソクの灯も限界だ
116
◆ やすみ りえ 1972神戸市 朝日カルチャーセンター講師 『平凡な兎』
海までの道 もう二度と逢えぬ人
恋する気持ちを詠み続ける毎日。われあながらよく飽きないものだと驚いている。
恋はいつでも、切なくもきらきら輝く水辺へと私をいざなってくれる。
あなたから一番遠い場所で泣く
軽い嘘ふわりと乗ってあげましょう
盗むのがいいの桜も人の目も
幾つもの切り取り線のあるハート
馴れ合いにならないようにオムライス
転び方すこうし上手くなりました
ちょっとしたことで 白紫陽花のばか
信号が変われば消える私かも
治癒力があるから恋をしています
しあわせになりたいカラダ透き通る
つまさきのあたたかい恋しています
抱きしめた風はあなたの温度です
意地悪をされたことなどない苺
満月に恋のうさぎを産みました
もう少し食べたいところで終える恋
からっぽの私を包むバスタオル
信じてはいけない舌の厚みでしょ
117
◆ 山口 早苗 1937東京都 川柳公論朱雀会会員
夕焼けに一番近いクレーン
刻々と変わる世の中の一部を切り取り、それに自分の中の思いやリズムを乗せる、川柳は自分のために書いている。
又人様の川柳の中に飛び込み、追体験を通じての感動や共感を得るとき、川柳ってよい、人生っていとしいと思っている。
女人高野一つの椀に一つの海
口から生まれて転がっているわたし
シングルの分かりやすさで百合開く
左右対称にこだわっている足の指
118
◆ 山倉 洋子 1942新潟県 柳都川柳社同人
酒もたばこもどうぞ他人の旦那さま
思い込みの激しい性格を、時々うとましく思ったり哀しく思ったりしている。
そんな性格を持て余しぎみになると、静かに熱く火縄銃のごとく五七五が炸裂する。
話下手、口下手な私に川柳は一番の友であり理解者である。
新人へ小姑らしき癖がでる
風に目を細めて未だ男好き
乳くさい男を黙殺して帰る
砂けむり略奪婚に憧れる
悔しいが馬鹿な男と二、三年
呼び捨てにされた嬉しいさし向い
蛍籠小さな愛でいいのです
119
◆ 山崎 美和子 1937富山県 川柳オアシス社会員 札幌川柳社同人
まだ修羅場くぐるつもりのコンパクト
知れば知る程、広くて深い川柳の道で、迷いながら楽しんだり苦しんだりの二十余年の月日を重ねてきた今、
沢山の柳友に恵まれ、お陰で
気持ちだけはいつまでも若いつもりにさせてもらい心より感謝しています。
かろうじて乳房に残る火の破片
絵に描くと嘘ほろほろと花になる
女だと思う哀しい鬼の舞い
良妻を真似ると膝が笑い出す
薄味の愛ほどほどに歩を合わせ
火の予感抱いてゆっくり紅をひく
120
◆ 山田 ゆみ葉 1951石川県 所属なし
戒厳令ちょっとそこまでパン買いに
癌を告知されたとき、その闘病記を数冊読んだ。そして「何も悪いことをして来なかったのに」という定番の嘆きに違和感を持った。
そんな嘆きを言えるのは、ほんまもんの善人か、よっぽど鈍い人のどちらかだろうと思った。
私の川柳の源は、どうやらその辺りにあるようだと、思うこの頃である。
原っぱにされてしまった胸である
くぐらねばならぬ炎の輪が騒ぐ
着ぐるみの中でまったりしてしまう
121
◆ 山部 牧子 1942大阪府 「川柳人間座」座員
碧空や娘二人を産みました
一日一日はいやおうなく流れてゆく。その時川柳が産まれる。音もなく静かな中で。
川柳は私にとって無くてはならない大切な秘境でもある。
とれたての桃を一人で食べている
童話から抜けないままの指の棘
あの人も同じ淋しさ芝居見る
122
◆ 山本 希久子 1935京都市 川柳塔同人
おふたりという日本語のあたたかさ
私の居場所は我が家の狭いキッチン。小さく世間を生きている一主婦ですが、川柳の世界ではのびのび手足を伸ばすことができっます。
キッチン発私の風送ります
風の街 耳から先に冬になる
ブランドに身を固めてる負けている
こころとは別の言葉がでてしまう
純愛とサラダが好きな女です
体当たりされてハートを盗まれた
バラの香にむせて忘れる現在地
123
◆ 山本 三香子 1961高知県 川柳木馬ぐるーぷ所属 バックストローク同人
壊れるまで溶く群青 祖国とは
いつの頃からか、青色が好きになった。青色を追い求めるうちに、青は私自身になった。
何のために考え、何のために求め、何のために生きているのか。私は今も青を溶き続けている。
ひらく手のいつから青い水鏡
両の手にいつもの水輪 逢いにゆく
ひたすらに絵の具溶く切なくなるまで
愛はある楽園の落ちてゆく彼方
124
◆ 山本 乱 1944大牟田市 川柳人間座同人
うめももさくら出発の時間です
子育てに追われていた日々の中で、気がつくと川柳が歩み寄ってきてくれたように思う。
のめりこむタイプである。見境もなく走り出していた。
椿地に笑い転げてホホホホホ
まだ息をしている落ちている椿
のほほんと男が揺れるから揺れる
薔薇抱きたまえ有刺鉄線抱きたまえ
笑ってはいられないけど笑うのよ
寝返りを打ってこの世にまた戻る
125
◆ 吉田 州花 1939青森県 川柳双眸社幹事 現代川柳新思潮会員
林檎煮るあしたは雪にかわる雨
今さらながら、川柳から与えられたものの多さに驚いている。
「書く」という行為は、本当の自分に出逢って行く旅なのかも知れない。
あざやかに左封じの紋白蝶
雪止んで転がるイミテーションダイヤ
ころころと笑い返すは青すぐり
126
◆ 渡辺 梢 1938宮城県 全日本川柳協会常任理事
非常ベルのありかを指に言い聞かす
この頃になって、自分の川柳の位置が見えてきた。
「批判力」や「怒」の力が衰えて、自己の内面に逃げてしまう甘ったれの川柳に変わってしまった。
木の靴でガラスの街に住み馴れる
プラカード持てば元気になれそうな
音域が違うお部屋に通される
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