読書室トップへ

 『現代女流川柳鑑賞事典』 (3)        田口麦彦著  三省堂 2006

この事典には127人の女流川柳家の句が集められている。
編集は、作家名あいうえお順。各作家の代表句及び20句。略歴。出典。作者からのメッセージ。


041 ◆ 斉藤 由紀子   1941東京都   日本川柳協会常任理事

無宗教明るい曲も友である

なぜ川柳を?の問いに答えても円周率のように切り捨てることのできない感情の尻尾がのこるだろう。
でも川柳はそんなに優しく笑いかけてはくれない。未熟さを思いっきり叩かれる。

春の靴プラス思考になってくる
決心が鈍る向こうの水が甘そうで
雑巾を絞る思考はゼロにして
反論へスイッチオンの脳になる



042 ◆ 坂本 香代子   1947茨城県   つくば川柳会

振り向いて欲しい名もない花だけど

桜って不思議ですね。今年も親友と裏の空き地の一本桜に招かれてゆったりと一日を過ごすことができました。

ひまわりに負けぬ大きな笑い声
怒鳴られるたびに小さくなる乳房
愛少し不足してます骨密度
物干しに愛がゆったり舞っている
笑ってはいるが許さぬバラの棘



043 ◆ 坂本 浩子   1934福岡県  川柳グループせぴあ

紐かけて寺山修司卒業す

時実新子川柳に触発され、川柳グループせぴあに入会

力みすぎの写楽となぜか気が合うて
月影を踏みたくなって下駄を買う



044 ◆ 佐々木 つや子   1933宮城県   川柳宮城野社同人

華の舞うトゥーランドット捲き戻す

誘われるままに深い感慨もなく始めた川柳だが、大勢の人達と出会いその絆に結ばれて、いつの間にか私の趣味の中でも一番の比重を占めている。

花冷えやおんなが灯す夕ごころ



045 ◆ 笹田 かなえ   1953青森県  あさひな吟社

動かない男の目玉憂国忌

つくづくわがままな性格。だから川柳も書きたいことしか書けない。

雪の日の通りすがりのピンクです
セーターをほどくみたいに逢いましょう
凍てついた夜をきしませ来る人だ
つつがなくうばわれることのみの 青

くぐもった声を跨いで動けない
SEXとルビふる肩へ背中へと

つらつらつららはずし忘れたイヤリング




046 ◆ 佐瀬 貴子   1946茨城県  ひたちなか川柳会

生きるとは難儀バス停まで走る

ミジンコの様な存在の女性が生きた証として何か残せる、こんなすてきな事がありましょうか。
自分の句の拙さはさておき今や川柳は恋人。一方的だとしてもその情熱はかなり熱い。

好きなのは春マシュマロに似てるから
愛が重くてぺしゃんこになる踵
ご用心比熱の低い女です



047 ◆ 佐藤 みさ子  1943宮城県  川柳社人

「けれども」がぼうぼうぼうと建っている

「川柳」とは何ものなのか、今の私には全くわからない。

空を飛ぶときの太もも足の裏
存在のはじっこにある両手足



048 ◆ 佐藤 桃子  1934愛知県  点鐘の会 凛 現代川柳ミュー

シャガールの街を左に介護バス

兄に導かれて私はいつの間にか川柳の道を歩いてきた。
短詩型の難しさはあったが、自由に書ける川柳は私の青春そのものであった。

花から花へ心あそびのままなるか
人に見せる手のひらは別の手のひら
歩をあわせ一枚の絵になろう



049 ◆ 里上 京子   1947和歌山県   凛誌友

曲り角の電話ボックス消えている

未知の風景や出会いを期待してしまう曲り角、たとえ厳しい現実が待ち構えていたとしても・・・・。
変わりゆくもの、不確かなものに心惹かれる。

月光の椿言い訳ばかりする
許し合う嘘が勢いよく燃える
大空へ結果を放り投げてやる



050 ◆ 澤野 優美子  1952北海道   北見川柳社会員

清拭の途中にとおるさおだけ屋

私は中年のロマンチストである。等身大のいまを生きている思いを書いている。

炎天のパンスト脱いであっけらかん
御所望のスリーサイズをさしあげる
口移ししよう首すじが寒いので

この糸をひいてくださいワタシです
死ぬときも愛するときも靴を干す
缶詰にする発情しないように



051 ◆ 相良 葉   1929福岡県  川柳グループせぴあ  笛の会会員

わが乳房しまいわすれることはなし

胸底に秘めたるドラマの主役は「乳房」。わが乳房なるゆえ、ゆれ動く。
女にとって、身体・乳房・涙は生な存在ゆえ己の素は己である。その意識が強くはたらく。
乳房は十七音字の中にありて、素地の力を発揮出来れば成功だと思う。わが乳房はわが生き方なのだ。
力をこめてうたう。

招き猫あなたまかせの風の吹く
華やぎの人のしっぽを掴むべし
おろかおろか蝉と比べるわがいのち
思想固まりて乳房の重きかな
肉体の乱と申すは胃のあたり

雪だるま恋しい人に会うような



052 ◆ 塩田 悦子   1932新潟県  柳都川柳社同人

蹴られ蹴られて大きくなったのだ象は

川柳という化けものは私を振り回し、退屈どころではなかった。
この道はくねくねと曲がり、やたら木の枝や、草の根が邪魔をする。
カラスに嗤われ、蛙に小突かれ、逆に奥へ奥へと迷い込んでしまった。

終バスで落としたらしい男の名
南風西風恋は忙しい
本名で書く川柳で力みがち



053 ◆ 滋野 さち   1947新潟県   おかじょうき川柳社会員

風がすわる家族写真の椅子ひとつ

まだ川柳を楽しむ余裕はないが、生きること書くことが、ひとつになっていくような予感がしている。

母の日にすこうし苦い夏みかん
よく踏まれるので影がなくなった
妻としてリングネームを持っている



054 ◆ 雫石 隆子   1946宮城県   川柳宮城野主幹

少子化へご家訓少しずれて来る

「川柳を愛し人間を愛し文学を愛する」(大島洋)の情熱を保ち続けるように精進したい。

一途なる愛を水仙から貰う
外連味のない光ですプチダイア



055 ◆ 島 道代   1935青森県   現代川柳新思潮

ドレミドレミ言葉遊びの雪降り積む

視覚障害者のくせに、慌て者の私は年中顔や頭に怪我が絶えない。雪が積もるとたちまち、立ち往生してしまう。
私は沢山の食料を買い込み冬籠りに入る。そして相も変わらず反故紙の中に埋もれ、川柳の初心にかえるべく
ドレミドレミと雪のように言葉を散らし続けているのである。

風を待つ枯野を少し飛ぶために
オルゴール雪の吐息の消えるまで
世迷い言ひとつひとつの春あけぼの



056 ◆ 島村 美津子   1930神戸市   あかつき川柳会会員

寝たきりが犠牲になって火事消える

死ぬかもしれない、そう思った時がありました。神戸の大空襲で火の海を逃げまどいながら。
戦争のない国がどこかに、十四歳の私にはやりたいことがいっぱいある。
まだ死にたくないと心から平和を願いました。

逢いにゆく列車は春の海に添う
原点は小川に花を摘む少女
生まれざれば乳房よ浅き萌黄いろ
敗戦少女にアメリカ兵の高い尻



057 ◆ 清水 かおり   1960高知県  川柳木馬ぐるーぷ バックストローク

夜行バスたましい薄くして帰る

川柳が人間を詠むものだという一語に惹かれたからだ。私達は言葉の前で自由であり平等である。

太陽の人だからめぐりあえない
箱で売られる薄く唇あけたまま
夕景の疑似餌は美しく痛い
駆け抜けてきたから水色の躰



058 ◆ 新垣 紀子   1970大阪市   

待っててね恋を鞣しているところ

恋のぬくもり、がんばっている汗、「ありがとう」のあたたかさ、とめどなくながれる涙、
権力へ吐き捨てた唾、裏切りの凍てつく寒さ、自分への苛立ちーー。
気がつけば、おや、私には何もないじゃないか、川柳のほかに。

たんぽぽの綿毛のごとき男ふく
愛だけを食べる蚕の繭の色
味噌汁もスープも男も冷めぬ距離
元カレが大好きだった母である
数学が苦手なおんなの恋らしく
ぬぎすてたパジャマは幸せのかたち

美しい生き方をする友の妻
いさぎよい女お手つきばかりする
窓あけてやっぱりあいつは大嫌い
カマキリノゴトアタマカラタベヨウカ
あの人の匂いの残る部屋で寝る




059 ◆ 椙元 世津   1933兵庫県   ふあぅすと川柳社同人

佛様明日はお花を替えますね

人と出会い、言葉に出会い、人間の奥深さを思うようになり、今に至っている。

店員の笑顔が好きで買いに行く
老人が境内を去り鳩も散り



060 ◆ 鈴木 瑠女   1943東京都   川柳公論委員  朱雀会会員

核家族いろは歌留多に知恵を借り

人間もまた陽の当たっている面だけでなく、弱さや脆さなどのマイナーな面を凝視する底から、
人間賛歌が湧いてくることを知った今は、
濁りのない目で現実をしっかりと見つめ血の通った句を、作って行きたいと思っています。

西日からもらった影は見栄っぱり
夢ばかり追い薔薇色の灰になる




『現代女流川柳鑑賞事典』(1)
 ⇒『現代女流川柳鑑賞事典』(2)
  ⇒『現代女流川柳鑑賞事典』(3)
   ⇒『現代女流川柳鑑賞事典』(4)
    ⇒『現代女流川柳鑑賞事典』(5)
     ⇒『現代女流川柳鑑賞事典』(6)