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『現代女流川柳鑑賞事典』 (1) 田口麦彦著 三省堂 2006
〈エッセー 新しき女流川柳家への期待〉

これは画期的川柳集といっていいだろう。女流川柳家たちの鬨の声を聞く思いである。
私は古く昭和六十年に、現代川柳の紹介鑑賞を意図して『川柳でんでん太鼓』を書いた。
次いで平成九年に岸本水府を『道頓堀の雨に別れて以来なり』で書いた。
水府は門人の川柳家をよく愛顧し、指導したが、昭和初年ごろからふえた、若い女性川柳家たちの進出をとりわけ喜び、よく育成した。
溌剌たる近代的知性を身につけた若い娘たちが、時代の世相・人情を詠む。その風潮は柳界の発展繁栄に資するところ大きいはず、と水府は期待したのであろう。
その期待は裏切られず、資質すぐれた女流川柳家たちが、たちまち輩出する。それは川柳界に活気と刺激をもたらした。
どの芸術分野でもそうだが、殊に、川柳界では女性に活気がある、という現象は好もしい。
女性はそもそも、現象への好奇心と批判力、同調または反発、その精神の波立ちがけさやかで、線が強い気がする。
それはまさに、川柳という文学形式にぴったり、ではないか。
しかも、将来、川柳という分野で女性の活躍が更に盛んになるように思われる。
ーーなぜなら現代では女性は従来、男性の徳、とされる資質をも併せ持つようになった。
大胆、率直、決断力、好奇心、支配力、企画力。
女性が、男性と同じ視線を併せ持ち、複眼で、世態人情を見、あるいは裁き、あるいは洞察理解する。
賢くも強くもなったが、女性的やさしみも失われずに備えている。・・・・そんな女性像の面白さをどこで知るか。
女性川柳家の作品に昵懇したまえ、・・・・というところである。彼女らの句は躍動している。
一すじ縄でゆかぬ複雑さを秘めつつ、また”おんな”の柔媚とやさしみの香りを持つ。
女流川柳家たちの珠玉の句を、口中にまろばせ、てのひらに包んで、いとしみたい。
新しい感覚の句集誕生を祝福する。 平成十八年夏 田辺聖子
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この事典には126人の女流川柳家の句が集められている。
編集は、作家名あいうえお順。各作家の代表句及び20句。略歴。出典。作者からのメッセージ。
001
◆ 赤松 ますみ 1950兵庫県 川柳コロキュウム蛍池主宰
木漏れ日が揺れるもうすぐ鳥になる
胸中に積もり積もって苦しいほどだった自分の思いを外へ外へと・・・・、それが最初の頃の私の川柳でした。
そして、今は作句のたびに「潜在意識」の中の自分でも知らなかった「私」を発見できる川柳の魔力にすっかり取り憑かれています。
薔薇園の薔薇 世の中の敵の数
わたくしを守る角度に開く傘
攫われてみたかったのに朝の月
002
◆ 浅野 慈子 1927大阪府 さざなみ川柳主幹
キッコロと森の未来を語ろうか
あくまでも和やかな女の苑を大切に、川柳を愛しつづける一人として、若い気分になってペンを握っている。
愛の掟を知りすぎている赤いバラ
炎をくぐり抜けて眠りにつく乳房
説きふせた男に回路つなごうか
手の裏を知り過ぎたまま舟にのる
003
◆ あべ 和香 1941岩手県 川柳「はなまき」同人
陽が沈み月と一緒に来た刺客
三十代、川柳は趣味のひとつであった。いつの頃からか、川柳の蔦が、体中に張りついてしまったみたいだ。
逃れようのない状態で「川柳」にはまり込んでいる自分がいる。
笑顔から始まる癒しのフルコース
ももさくら静止画像が動き出す
春や春 やぶる約束してしまう
004
◆ 新井 千恵子 1940東京都
記念日になりそう愛を告げられる
決められた枠の中に自分の心を読む瞬間の緊張感がある意味の快感である。
シュルルッと鼠花火に言い寄られ
一言にさざ波ぐらい揺れて待つ
微笑をそっと返してくれている
誘われる予感女の顔になる
化粧してやさしい人になっている
試着室どんどん自信消す鏡
どうしても主役になると言う野バラ
005
◆ 池 森子 1940福岡県 富柳会会長
曇天を割って男の子が産まれ
父は祈りを込めて森子と名を付け。長じて川柳という恋人に巡り会い雅号の如くに愛しながら仕合せに生きていることを知らずに逝った。
だが川柳は父からの贈り物。そして、平凡に生きよと言うたかわやなぎ。
妻を脱ぎ母を脱ぎ静かなる羽化
花蟷螂のジャンプ花にも許されて
その殻を脱いだら火柱が上がる
わが視野に野獣一匹放し飼い
006
◆ 櫟田(イチダ) 礼文 1948山形県 札幌川柳社
お子様ランチの旗をみているのはおんな
ーー句を作ることは、もしかして私の裸身を晒していることと同じではないかと思ったりすることがある。
脱ぎっぷりの良い句ができるまで・・・・
わたくしの裸身がひそむ玩具箱
かつて私も白百合に似てはいた
007
◆ 一戸 涼子 1941秋田県
鳩笛がかすかに鳴っているコラム
ひと昔前、三世代同居六人家族の主婦としておおわらわだった。あの頃、どうしてあんなにたくさんの句がかけたのだろう。
飽きもせず続いているということは、自分の世界を持ち学ぶ、ということが好きなのだと思う。
じゅんさいのつるっと落ちてゆく山河
月よりも冷たいくちびるなんですね
馬鈴薯はサラダにしよう雪つもる
008
◆ 糸 せい子 1931富山県 氷見川柳会
前減りの靴がのんびりせよと言う
川柳も旅行も卒業のない感動の世界。そして私の生き甲斐でもある。
控え目な妻の轡にならされる
作り笑い鏡に恥じる自己嫌悪
もう一人の私がわたしに念を押す
009
◆ 伊藤 美幸 1932新潟市 柳都川柳社同人
号泣のあとで花瓶の水を替え
川柳そのものより、川柳を作る人に魅力を感じ、いつの間にかこの世界にのめり込んだのです。
娘千絵が両親への想いをのせてくれました。「母娘して紡ぐ心の糸模様」この句集は私の宝。感謝の一言。
花屋から出てくる人はみんな好き
サングラスかけてあなたをひとりじめ
この席を半分あけて待ってます
触れないで私のドミノが倒れそう
遺伝子と言われつづけた片えくぼ
010
◆ 今井 和子 1934富山県 びわこ番傘川柳会 点鐘の会
ポケットのたくさん付いた方を買う
日常に一寸思ったこと、風の匂いや、風の味、あちこちで出会った花の香りなどがふっとポケットの中から現れて、
私の人生と絡み合って川柳になってくれています。
うれしさをかくしきれないチューリップ
ハイヒール山の向こうが見えてくる
駝鳥たちパンツをちゃんと上げなさい
011
◆ 岩崎 千佐子 1952愛知県 点鐘の会
ミスターの正しく老いてゆく姿
世間でいうところの良識、正義、価値、そんなものを一度は疑ってみる癖はいつからだろう。
川柳に出会って十年。少しばかり楽に呼吸ができるようになった。
呪われてするめはふいに反り返る
もう少し照らすと悪が浮きあがる
ゆっくりと咲いていくから押さないで
012
◆ 岩崎 眞里子 1951青森県 弘前川柳社、青森県川柳社・新思潮
祈ること数多この世もまた銀河
その昔、お城があったという高台に産まれた。弟は星を私は岩木山に沈む夕陽を眺めて大きくなった。
駅も無いのに遠く汽笛が聞こえた。今も眼裏の星空に家並み銀河が瞬いている。
プラチナの空を集めてねこやなぎ
涙では溶けないものが咲いている
許されてゆるす赦して宥される
まっすぐなひとみ向日葵からとどく
葉は春に人は真冬に開花する
013
◆ 内田 真理子 1950京都市 川柳黎明舎
丁寧に包まれ雛はもとの闇
「もう空っぽ、もうかけらも残ってない」
川柳は、まるで不実な恋人のようだ。掴まえた傍からするりとゆびをこぼれ、わたしを翻弄する。
時折すとんと胸に落ちる、たったひとつの言葉を求め、今日もわたしは川柳を追いかけている。
遠鳴りやくちびるまでの水の嵩
クレヨンを握って迷う雨のいろ
理由なんてそこらあたりの夏蜜柑
足首を掴まれたのは禁猟区
泣き顔を撮られてしまうアマリリス
烏瓜近頃とんとうわのそら
014
◆ 大内 順子 1936北海道 双眸会員
三回忌近づき鮭の塩を抜く
小さい時から何ひとつとして、自分自身を表現することが出来なかった私は、父が定年後にはじめた川柳のみちに、入り込んでしまった。
それは父から来るハガキに近況報告の後かならず、川柳が添えてあったからだ。
非常口まで流氷くちびるは閉じる
アマリリスひらき読経は凛と立つ
シャガールも流氷の帯もとぎれがち
015
◆ 大田 かつら 1947沖縄県 川柳噴煙吟社同人
青春を返せと揺れる赤い花
米兵による許しがたい人権侵害に沖縄全体が揺れ、大きな社会問題となったことがある。
それ以来、一人の母親として、この哀しみの怒りが深く心に刻み込まれ鎮まらない。
キャンパスへヘリも突っ込む基地と住み
娘の悲鳴マッハの音に潰される
アメとムチ振り子のような「基地の島
沖縄の花もわたしも狂い咲き
どの神に祈れば戦終わるのか
016
◆ 太田 紀伊子 1938東京都 日本川柳協会常任幹事
波の花けぶって隣国が遠い
ある時期から「お父さん早く帰って」が意識していないときに出る私の独り言。
生まれて十一ヶ月で戦死の顔を知らない人を待つ言葉なのかと最近思う。
散華した亡父よ霞が浦は凪ぐ(雄翔館にて)
女にも一人歩きの地図がある
さしすせそそうじはいつもあとまわし
キャッチフォンとればもう一人の娘
ダイアリー君と逢う日は書かずとも
言いにくいことは575に訳す
浪費といえば浪費かなあ お洒落
017
◆ 大西 泰世 1949姫路市
背後からひとの声する銀河系
ただただ垂直思考であり、自分の内側へ掘り進むしか能が無く、不器用なことだ。
身をそらすたびにあやめの咲きにけり
抱かれて地の果てまでのかくれんぼ
すこしだけ椿の赤に近くなる
白昼のききょうかるかや恋がたき
火柱のなかにわたしの駅がある
想いつづけて一匹の魚になる
こいびとになってくださいますか吽
018
◆ 大沼 和子 1948仙台市 宮城野社同人
ゴッホ展まだ死ねないとメール打つ
はみ出さずきれいに塗れる上等な「絵筆」より、道草大好きでヤンチャな「クレヨン」を選んでしまったということでしょうか。
背伸びしない、肩肘はらない、力を抜いたクレヨン画をこれからも描いていけたらいいな。
外せない原風景のホッチキス
見たことを全部しまっておく金庫
袋ごと掴んでしまう内緒ごと
019
◆ 岡崎 たけ子 1928北海道 札幌川柳社同人
携帯のラ抜き言葉や少女の輪
私は、主人の勤務の関係で転勤族になり、結婚後、主人の定年まで三十六年間で十四ヶ所の転勤で、新しい土地を転々として生活して来ました。
川柳のお陰で友人も各地に出来、転勤のお陰で川柳もつづけて来られた様な気がします。
振り向くとどの足跡も微笑する
女時おとこどきでいくたび描いた逃亡記
耳貸した日からざわつく後ゆび
狂わずに生きて火傷をくりかえす
生よ死よ愛よ一途に曼寿沙華
020
◆ 小川 あき子 1955和歌山県 番傘本社同人
「あの雲はどこまで行くののんびりと」 (はじめての句)
私が二十九歳の時初めて作った句です。川柳塔で活躍している叔母が、川柳という大きな翼をくれました。
いい夢を届けてくれた花切手
人生いろいろ日傘雨傘持ちながら
愛という特効薬を小出しする
辛い日は流れる雲になればよい
いい汗をかこう優しくできるから
『現代女流川柳鑑賞事典』(1)
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