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『現代女流川柳鑑賞事典』 (4) 田口麦彦著 三省堂 2006
この事典には126人の女流川柳家の句が集められている。

編集は、作家名あいうえお順。各作家の代表句及び20句。略歴。出典。作者からのメッセージ。
061
◆ 清野 玲子 1942宮城県 点鐘の会などいろいろ
開拓碑のあたりで風は三角に
東北では実に沢山の柳友に囲まれて、この上なく人間成長のエキスを植え付けて頂きました。
何故君は雨が降らぬに傘をさす
甘酒を男の森へ届けよう
海鳴りの真っ只中を生きるだけ
木登りをワタシ一生止めません
溜息ばかりの男に冬の水を撒く
火柱の形 女の形です。
自転車を踏むアナタから逃げる
062
◆ 園田 恵美子 1932北九州市 大牟田番傘川柳会会長
ほんとうは私も出せる猫の声
若いときは病と戦った。若くない今は時間と戦っている。時間と戦う刻の流れは、いまやのぞみ級である。
時間に追われ、今では欲の袋もぱんぱんに張っている。
あと少し生きるこの世を汚しつつ
笑い続けていよう電池が切れるまで
愛百話 桃もりんごも疵を抱く
にんげんの匂いの消える化粧して
くしゃみ一つしてもまだまだ艶がある
初夢をみましたとても云えません
おばさんが女の列に並んでる
063
◆ 田頭 良子 1928大阪市 うめだ番傘川柳会会長
背筋ぴんとわたしに父が棲んでいる
父を見送ったのが十七歳、。母と訣れたのが十九歳。養子の父はその割には、やんちゃで行動的な性格であり、母は美しく賢い人だった。
寒いとき一緒にあるいている時など背中をぽんと叩いて「どんな時も首と背筋は伸ばせ」の口癖を思い出す。
愛し過ぎたために枯らしたチューリップ
約束の着物で目立つ席にいる
きれいごと椿は冷静に落ちる
わたしの毒分かってくれる人と飲む
064
◆ 高橋 由美 1961 高知県 川柳木馬ぐるーぷ
鎖骨から雪崩のごとく現代思想
もともと川柳はあまり興味なかったです。
寺尾俊平さんから17ではなく「21音字以内で好きに書いてごらん」といわれたとき俊平さんが太陽に見えた。
やっと笑えた とっくりセーターを脱ごうか
真裸に君をほしいという夏風邪をひく
独りぽっちだけどくす玉が割れるような気がした
自画像を脱がされ夏休みが終わる
ランプゆらめく逢いたいという静寂
絵本から見たことのない肉体
口移しで覚えたっけ君の歴史を
065
◆ 高橋 蘭 1934北海道 札幌川柳社
秋刀魚の背ひかるかってのおのこ達
九人兄弟の長子として生をうけた私は、子どもの頃から、愚鈍であり不器用であった。
川柳を書き始めたのは多分言葉をもちたかったからであろう。生涯の伴走、これからもよろしくね、川柳。
胎内の伽藍よ罪の子は寝たか
066
◆ 竹内 ゆみこ 1973京都府 川柳グループ草原同人
すみませんあしたはどこにありますか
いつも思うことですが、「出会い」というのは本当に不思議で、素敵なものです。
そんな不思議で素敵な出会いを大切に、目標である「やさしい言葉で深い内容の句」へ向かって、一歩ずつ歩いていきたいと思います。
絵本からこぼれた夢を志す
わたしってそんなに珍しいですか
きっとわたしの骨は良いだしが出る
今ちょっと恩を返しに行ってます
ちょうど今脱皮してきたところです
驚くほどあっさりと許される
待ってくださいピアスの穴が閉じるまで
晴れたなら全部許してしまいそう
067
◆ 田嶋 多喜子 1935富山県 川柳えんぴつ社同人
蛇皮線ののどか戦さを忘れない
川柳もこの立山のように厳しさの中にもほっとさせる暖かさのある句、そして誰もがわかる句を作り続けたいと思っています。
やせた土地言わずに蕎麦を誉めている
お守りの期限知らずにいたうかつ
血圧を忘れ珍味へ伸びる箸
やわらかい脳へ未来を託そうよ
068
◆ 立原 みさと 1957高知県 川柳木馬ぐるーぷ同人
卵管で男のコラム読んでいる
見慣れた風景でも、その日の朝に生まれた木の芽や、生命があるはずだ。
言葉も同じように、突然見えなかった風景や色を持ち、輝きはじめる。
物心両面をみるしなやかさや、削ぎ落とす視点を作句する上でも、持ち続けていきたい。
てのひらで風を遊ばす別れかな
逆縁や乳房ふたつを受け皿に
花びらを凶器に変える暮色かな
萩たわわ乳房をはしる不快感
くちびるを重ねて桃の舟を漕ぐ
まなざしを絡ませあって桜散る
桃の歯型残して君は疾走す
069
◆ 田中 節子 1938舎利院 ふあうすと川柳社同人
五時四十六分ガラスの靴がこわされて
十七文字に見せられての作句は、花の稽古に行く阪急電車の中でふっと浮かんだふわりふわりの句が自分らしいかなと思っています。
もう一人乗れるよ花びらの切符
かなしみの凹み三日月が咲いた
070
◆ 田中 峰代 1941香川県 バックストローク創刊に参加
ビー玉ころころ密告の日を数え
川柳を知って四十年、最初は楽しんで作っていましたが、徐々に自分の作品に矛盾を感じ始め、川柳から遠ざかってしまいました。
「バックストローク」創刊を機に誘いもありボツボツ作品を書くようになったところです。
金柑を煮るふるさとが溢れ出す
一本の裸になるまでの私
バラ満開仕返しのタイミング
071
◆ 谷沢 けい子 1952新潟県 フリーの立場で川柳誌に投句
残、醜、衰、耄、瀬、背に重く「老い」
六年前、母と同居を始め、自然と川柳も「老い」がテーマになってしまった。
落ちぬといふ口紅重し地下茶房
乳房冷たし噛み潰す黒胡椒
神隠し続くザクロの熟れるまで
折々の命楽しみ蝉の羽化
072
◆ 中條 節子 1944東京都 宮城野社同人
一粒のグリコでいまも走っている
思えば引っ込み思案で、授業中手を挙げることも少ない子供でした。
十七音に縛られる心地よさと片肌を脱ぐような危うさに川柳を創っている間はまだ走れそうな気がしています。
愛されたところ一面毛玉する
一万歩あるく一万語たべる
073
◆ 津田 公子 1942東京都 川柳けせんぬま吟社「海流抄」選者
思い出が静止画像になっていく
至って不器用な人間である。仕事も車の運転も、料理も真っ直ぐ、素のままが好き。愚直という言葉にひかれている。
手の届く幸せの中桜咲く
Tシャツの中で濾過した夏の恋
オリオンも北斗も熊もわが鼻腔
074
◆ 時枝 京子 1930福岡県 川柳グループせぴあ
国論が揃うあやうさ菜種梅雨
神風が吹くと信じた軍国少女の前歴を持つ私には「いつか来た道」への、キナ臭い匂いが、鮮明に甦ってくる。
「日本を戦争する国へ」の声が、国会で多数でも、主権者の国民多数が望んでいるとは、到底信じられない。
楽観も悲観もせず「九条を守る」草の根の一本としての想いを、形にして行きたい。
若葉寒 ああ日本語のうるわしき
イヤリングつけてわたしの耳となる
青い山 今日は山頭火になろう
075
◆ 時実 新子 1929岡山県 『有夫恋』
何だ何だと大きな月が昇りくる
一人の選者が全権を握る場が多い川柳界では、選者養成が急務である。川柳界への女性のなだれ込み。
その台頭に、もしも’87ベストセラーとなった私の『有夫恋』が少しでもシゲキのなったのだとしたら、うれしい。
双乳いま夕日に吸わせ襟合わす
この川にまた逢うだろう微笑して
折紙の桜でふさぐ胸の穴
076
◆ 長島 敏子 1944兵庫県 兵庫県川柳協会常任理事
雨天決行 体内時計熱くして
本気で川柳と向き合ったのはあの阪神淡路大震災からだった、と今にして思う。あの日から十年余り。
いろいろとあったが、今、川柳は私の恋人であり親友。そして時には励ましたり叱り付けてくれる人生の道連れ。
夢を見る 活断層の上に寝て
イエローカード君も素直になりたまえ
薔薇抱いて風より前に出たくなる
逢えぬ夜はうすむらさきの月を抱く
さよならの背中に何を足したとて
077
◆ 長浜 美籠 1935 徳島県 尼崎市川柳協会会長
許そうか テネシーワルツ聞きながら
娘の合格の喜びと、夫の死と・・・・。天国と地獄を味わって絶望していた私に、
川柳は優しく、熱く、時には厳しく、寄り添い慰めてくれました。
五感濡らす音符 こころに灯が点る
バラ一輪きれいごとでは生きられぬ
逢うて別れてアブサンと揺れている
遠まわりする気になった炎の匂い
春愁や胸の振り子が鳴り止まぬ
078
◆ なかはら れいこ 1955岐阜県 川柳展望会員
みるみるとお家がゆるむ合歓の花
生きているといろんなことが起きる。もしかしたら、明後日は永遠にやって来ないかもしれないのだ。
お調子者の私は、そんな大切なことも忘れて、うかうかと日々を過ごしてしまいがちである。
そうした不安が、私に作品を書かせるのだと思う。
げんじつはキウイの種に負けている
おぼろ夜のくらげのからだ手に入れる
鉄棒に片足かけるとき無敵
079
◆ 中村 誠子 1940青森県 弘前川柳社同人
だいこんの花を同封します 母
生きざまを自問自答して、思いはいつも混乱する。どんな人にも、母の存在は大きい。
単純で素朴な母の背に、大きな愛が見えてくる。
わたくしに好きと嫌いの影ふたつ
はなみずき誰とこの角曲ろうか
もう誰も愛していない指ぎつね
絞りきったレモンわたしの別れのかたち
恋の糸長さは合っているのだが
許そうと思うななかまどが赤い
生き方がちがう真夏の交差点
080
◆ 中山 恵子 1948愛知県 点鐘会員 双眸会員 現代川柳μ同人 現代川柳隗同人
方舟はどこへ駅前銀座商店街
ふと気づくと、旅に出ていた。低い軒や小さな神社、すべてが煌いて見える。
何かを見付け、何かを確かめ、いつかの記憶を甦らせながら、小さな旅は続く。
夜一夜 記憶の外に匂う藤
水蜜桃何処かで消した灯の匂い
泣き虫だって雪虫だっていいじゃない
一斉に祈ると神が倒れます
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