卒業 雪月花殺人ゲーム
東野圭吾著 講談社文庫 2008(1989) 2010/02/20
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七人の大学四年生が秋を迎え、就職、恋愛に忙しい季節。
ある日、祥子が自室で死んだ。部屋は密室、自殺か、他殺か?
心やさしき大学生名探偵・加賀恭一郎は、祥子が残した日記を手掛かりに死の謎を追及する。
しかし、第二の事件はさらに異常なものだった。 茶道の作法の中に秘められた殺人ゲームの真相は?!
第一章 加賀恭一郎と相原沙都子
「君が好きだ。結婚して欲しいと思っている」 加賀は少しのためらいも見せずに、はっきりと言った。
そして彼らしく、こんな時でも相手から目を外らしたりしない。沙都子もやはり彼の視線を真正面から受け止めていた。
「それで・・・・・どうすればいいの? イエスかノーと答えろと言うの?」
彼女が訊くと、加賀は突っ立った姿勢のまま、ゆっくりと首を振った。
「何もしなくていい。これはプロポーズじゃない、俺の意思表示だ。君が誰を好きになり、誰と結婚しようが、それは君の自由なのだけれど、俺はこういう気持ちでいる。それを知っておいてもらいたかった」
加賀も沙都子も国立T大の四年生。T大正門から近い『首を振るピエロ』が仲間の溜り場だ。
金井波香、藤堂正彦、藤堂の恋人・牧村祥子、若生勇、若生の恋人・伊沢華江。
加賀と波香は、剣道部員で、全国大会に出るほどの腕前だった。また若生(T大のマッケンローの渾名)と華江はテニス部で活躍している。
一月前、波香は学生剣道選手権県予選に決勝まで進んだが、三島亮子と対戦し敗れた。おおよその人は波香の勝利を予想していたのだが。
波香と祥子は、女学生専用のアパート「白鷺荘」の隣り合わせの部屋に住んでいたが、ある朝、祥子が部屋で死体で見つかった。
手首に傷を付け、手は洗面器の水に浸かっていた。部屋は内側から鍵が掛けられていて、密室状態だった。
自殺の可能性が高かったが、動機を示すような事柄は何もなかった。
祥子は日記をつけていて、赤い表紙の日記帳が残されていた・・・・・。夏に講座旅行に行き、その夜、他校の男子学生とアバンチュールを楽しんだという同行者の話があったが、その日以降しばらく日記が途絶えていた。
第二章 密室
アパート『白鷺荘』は二階建てだが、一階の入り口には管理人室があり、厳しく見張られていて、管理人に気づかれずに出入りすることは不可能だった。
また、裏口の扉には鍵が掛けられていて、外から入ることは出来ない。祥子の部屋は二階にあったので、窓からの出入りも不可能。
状況は祥子の自殺を色濃く指していたが、
・水の入った洗面器の周囲で、血・水をふき取ったような痕跡が見つかった。
・夜の11時頃に管理人が電話を知らせた時と、帰ってきた波香が扉をノックした時には、鍵がかかり電灯が点いていたのに、その少し前に隣室の古川という学生が声をかけた時には、扉は開いており、電灯は消えていたという証言があった。
第三章 雪月花之式・第二の殺人事件
祥子を失った仲間六人は、高校時代からの茶道の師匠・南沢雅子の家に集まり、祥子の死を報告し、『雪月花之式』という茶道の行事を行った。
これは裏千家に伝わるクジ引きゲームで、雪月花や数字の書かれたカードを引いて、『雪』を引いた者は菓子を食べ、『月』の者は茶を飲み、『花』を引いた者は次回に月を引いた者のために茶をたてるというルール。数字のカードを引いた者は何もせず、雪月花のカードを引いた者は、次は必ず数字カードを引く約束だった。
ゲームが三回目に回ったとき、茶を飲んだ波香が急に苦しみだし死んだ。(茶碗から青酸カリが検出された)
救急車と警察が呼ばれ、全員が調べられたが、何も見つからなかった。
波香が自分で青酸カリを入れて自殺した?
加賀は自らに言いきかせているようだった。
「もし他殺だったとしたなら、おそらく俺たちの考えの及ばないところでの話だと思う。理解を超えたことを推理しようとしても無意味だ」
そうかもしれないと沙都子は思った。たとえどんな理由があるにせよ親友を殺すなどということは自分たちの世界では考えられないことだ。
「今も言ったように俺の目的は、不可能だという根拠で他殺説を簡単にしりぞけてしまっていいのかどうかをはっきりさせることにある。しかし逆に、もし何か巧い手が見つかったからといって、即他殺だと決めてかかるつもりもない。多少辛くはあるが、これらはすべて真実に到達するための必要なステップだと考えているんだ」
第四章
金井波香が自殺するような女性でなかったことは俺が保証する。第一、何故あのような場所であんな方法で自殺する必要があるのか?
そしてそれ以上に確信することは、相原沙都子に親友を殺すことなどできないということだ。それに、あんな方法で殺せば真っ先に自分が疑われるということなど、子供でもわかる。
「波香は自分の敗北に対して、疑問を感じ続けていたのじゃないだろうか」
「負けるはずがないってことね。それは思っていたでしょうね」
「いや、もう少し具体的な疑問だ」「波香はあの試合の顛末を、仕組まれたものと考えたんじゃないだろうか」
「仕組まれた? 何をどうやって仕組むの?」
「薬だ。試合前に何か薬を飲まされたというわけだ。たとえばそれは、身体がだるくなる薬だったかもしれない」
・波香の部屋の捜索で、化粧水の瓶の中からヒ素成分の入った白い液体が発見された。
・高校の茶道部の部室から、雪月花のカードが盗まれていたことが分かった。
・アパート白鷺荘へは、内部の学生の協力があれば簡単に裏口から入る事が出来、女学生たちには誰かが恋人をこっそりと入れても黙っているという暗黙の了解があった。管理人に知られずに出入りは可能だった。
・『雪月花之式』についても、カードを引くランダム性は、何人かが協力して(予備のカードを使って)インチキをすれば、誰かに雪月花の役目を押しつけることは可能ということが分かった。
第五章 謎解き
藤堂は大学の研究室で、形状記憶合金の技術に熟知していた。彼はこの合金を使って、アパート白鷺荘の物置部屋の窓ガラスの鍵に細工をして、ライターで外から炙ると鍵が開く仕掛けをし、夜中に密かに恋人の祥子を訪れていた。
隣室の波香は当然このことを知っていた。 祥子の不審な死を知ったとき、密室ではなく藤堂が絡んでいると推理したはずだった。
あの日の朝、俺が祥子に言った台詞だった。俺は彼女にこう言ったのだ。
「もし悪い結果が出た場合には、俺と君との間に肉体関係はなかったことにしてもらえないだろうか。それから、出来れば卒業するまで会わないようにしたいのだが」と。
だがこの台詞は彼女にとって残酷であったかもしれない。ただでさえ不安で苦しんでいる時に、唯一人頼るべき恋人から見捨てられたようなものだから。
いや、彼女の告白を聞いた時点で俺が別れ話を出していたなら、彼女のショックはまだ少なかったかもしれない。俺がなまじ、一旦彼女を許したような行動をとっていただけに、この直前の裏切りは、天国から地獄に突き落とされたような絶望感を与えたことだろうと俺は想像する。
(夜中に祥子の部屋へ入った藤堂は祥子が自殺しかけていたのを発見した(彼女の手は洗面器から外れて、まだ息があった)が、彼女の手を洗面器に戻し、床の血を拭き取った。もしもこの時すぐに救急車を呼んでいれば彼女は助かったかもしれない)
そういう意味で、やはり祥子を殺したのは俺なのかもしれない。
第五章 謎解きー2
三島亮子は個人戦で勝つために、決勝戦の直前に波香に薬の入ったスポーツドリンクを飲ませた。
飲ませたのは華江。就職で苦しむ若生を三島グループの会社に就職させるという餌を付けて。若生が一流企業に就職出来れば、華江との若生の結婚が認められると考えたから。
波香はドリンクの企みに気づき、華江と若生にヒ素成分を飲ませて復讐しようと考え、藤堂に協力を求めた。
協力すれば、祥子の死に藤堂が関わっていたことをしゃべらないと。
協力を求められた藤堂は、波香に協力する振りをしながら、逆に波香の毒殺を計画し、実行した。
加賀がすべての謎解きを話し、藤堂も認めた。
藤堂は、父親の車で海に飛び込み死んだ・・・・
若生は就職を断り、華江と別れた。
◆ 警官の父を持つ加賀恭一郎が、難しい事件の謎解きに挑むという青春ミステリー小説。
小説の中では、卒業後は教師を目指し、父の後を追って警官になることはしない、と言っているが、この著者の後の小説には刑事・加賀恭一郎が登場する。いつ決心を変えたのかが気にかかるところだ。
茶道に『雪月花之式』などというゲーム/遊びがあることは知らなかった。さすがは伝統の道だ。