無月ノ橋  居眠り盤音江戸双紙⑪       佐伯泰英著  双葉文庫 2007(2004)               2007/08/05

 萩の花が江戸に秋の気配を告げる頃、深川六件掘、金兵衛長屋に住む浪人、坂崎盤音は身過ぎ世過ぎに追われていた。 そんな盤音が、包平の研ぎを頼んだ鵜飼百助邸を訪れた折り、旗本用人の狼藉を諌めたことで、思わぬ騒動に・・・・。
 春風駘蕩の如き磐音が許せぬ悪を討つ、著者渾身の書下ろし痛快長編時代小説第十一弾。

  法会の白萩
  磐音は豊後関前藩を脱ける折りに、家から持ち出した刀、備前包平を研ぎに出していた。それを受け取りに、北割下水と 南割下水の境に広がる吉岡町の研ぎ師鵜飼百助の屋敷に立ち寄ろうと考えていた。
 鵜飼の研ぎ師の腕は数多の同業を凌ぐが、身分は将軍家の家臣である御家人だ。だが、無役の御家人の暮しが立つほど 安永の江戸は容易くない。下級旗本、御家人は体面を気にしつつも、内職に精を出さねば食べていけない時代であった。
 磐音が鵜飼の屋敷に着くと、御小普請支配・用人の研ぎの依頼を鵜飼が断っている場面に出くわした。
 「大方、あの刀も、先祖伝来のものを蔵から付け届けに出してきたものよ。そなたにとんだ茶番を見せたな」  と鵜飼が言った。
 「思わず、要らざる声をかけてしまいました」
 「あの一剣、正宗と改窄してあるが、勢州村正と見た」
 「徳川家に不吉をもたらすという村正にございますか」

  秋雨八丁堀
  南町奉行所の同心・笹塚孫一が御普請支配・逸見筑前守実篤の屋敷を訪れた帰り道、何もかに襲われ大怪我をした。
 磐音は笹塚が襲われた場所の近くの屋敷の中間から、襲ったのは二人の武士だったという証言を得る。
 「笹塚様はなぜ逸見邸を訪ねられたのですか」
 「隠居させようと訪ねたのよ。あやつが金貸しをしておること、今津屋の老分から知らされ、わしなりに調べた」  「・・・・」
 「あやつから金を借りた一人に、御家人の磯貝奏太郎というものがおる。借りた金子は三十両だ。だが、支払いが滞り、 一年半で元金利息込み八十七両にもなった。逸見は磯貝の娘二人を品川宿の女郎屋に叩き売らせたばかりか、御家人株を取り上げた。 その結果、磯貝と内儀は首を吊って死んだのだ」

 磐音は逸見の屋敷に乗り込み、逸見に自害を迫るが、斬り合いとなる。
 大身旗本が勢州村正を手に入れ、有頂天になって切れ味を試そうという剣と、佐々木玲圓のもとで修業し、修羅場で 生死の境を会得した剣技との違いが刃風の遅速に現れていた。

  おこん恋々
  「桜子様の眼中には坂崎さんしかないようです」 といささか羨ましそうに国端が恨み言を言った。
 「その坂崎さんは桜子様など眼中にない。いや、桜子様ばかりか世の中の女どもに一瞥もなされぬ」
 「奈緒様、いや、白鶴太夫ですね」
 「さよう。坂崎磐音の思いは奈緒様の幸せしかないのだ」
 「奈緒様とて同じですよ。連日連夜、白鶴太夫を靡かせようと高禄の武家から御大尽が通いなさる。だが、白鶴太夫の 心を掴んだ御仁はいまだたれ一人おりませぬ」
 鳥取藩でお家流儀と呼ばれた剣術は、深尾角馬重義が創始した雖井蛙流であった。
 馬廻りの猪野畑平内が突然国表の鳥取から江戸藩邸に呼ばれた。猪野畑平内は雖井蛙流を伝承していた。
 鳥取藩の反藩主派の荒尾成熙が磐音を暗殺しようとして江戸に呼び出し、出世を餌にして暗殺を指示したのだった。

  鐘ヶ淵の内掛け
  「意休どのは紅葉狩りに事寄せて、白鶴太夫を吉原の外に遊ばせようと考えられましたか」
 「ということです」  と頷いた四郎兵衛は、無論、このような勝手は客に信頼がなければなりません。莫大な 金子が妓楼の宇右衛門さんに支払われます」
 「主どのは承諾なされたのですか」
 「しますとも。一夜で何百両もの金子が懐に入ることですからな」  と四郎兵衛は答えた。
 「昨日のことです。宇右衛門さんがまた会所に見えました」 「ほう」
 「白鶴太夫が意休の誘いに乗り遊里の外に出て紅葉狩りに行くようであれば、白鶴太夫に危害を加える、という 脅し文が届けられたというのです」
 磐音はようやく四郎兵衛の危惧を理解した。 「脅した人物に心当たりはあるのでしょうか}
 「十八大通の暁雨様方が意休様の白鶴太夫紅葉狩り招待を快く思われていないのは確かでしょう。だが、暁雨 ともあろう人物がそのような子供じみた脅しをなすかどうか、首を傾げるところです」
 「他に心当たりはございますか」 「あるといえばある、ないといえばない」 四郎兵衛らしくもなく曖昧に返事した。

 意休が白鶴太夫を伴い紅葉狩りをしている場所に、金翠こと大口屋八兵衛が五人の浪人者を引き連れて襲い掛かるが、 襲撃を予測していた磐音に撃退される・・・・

 ■ 「居眠り盤音江戸双紙」の第一話は『陽炎の辻』。
 ちょうど先日から、NHKの木曜時代劇(題名は『陽炎の辻』)が始まり、主人公の磐音を「山本耕史」が演じている。
 新撰組の土方歳三役で人気を得た彼の甘いマスクと明るい性格が、主人公磐音とよくあっているように思った。
 図書館でたまたまこの本を見つけたのだが、既に第11作だというから驚きだ。
 NHKの番組は、第11話まで続く予定だが、この本の内容が含まれるのかどうかは分からないが、最終話まで 楽しみにしながら見ようと思っている。