自作俳句手帖(復刻版)    2014 October        トップへ                



(10/31)

     《花を愛で実を慈しみ十月尽》

「○○月尽」は季語だが、どの月も平等にという訳ではなさそうで、 十月尽の作例は少ないようだ。

「傾眠の夫の温顔十月尽」       安永圭子 風土 201201

【渡部 稲穂】 十二月は、使ってもいいけど、大晦日とかたくさんの季語に囲まれてますから、残りの十一か月。
歳時記にないのもありますが、使って悪いのではなく、名句がないだけ。
歳時記に載るような名句を作れば良い。ただ、それだけです。
【北野 和良】 渡部さん、有難うございます。


《名句には遥かに遠く十月尽》


《来ぬ人をまつほの浦の薄紅葉》    

  藤原定家の歌の本歌取りです。


【玉手 のり子】 こりゃ取りすぎ(笑)      【北野 和良】 やっぱり。


《スマホ見つ落葉数えつ紅葉下》




(10/30)

     《朱い実の畏まりてや冬珊瑚》




(10/29)

《実柘榴のかかかと笑う古戦場》    




どうだんのもみじうつりてこいのあや》   実験句



@《満天星の紅葉映りて恋の綾》
(満天星の葉が真っ赤に染まり、まるで恋人たちの燃える心模様のようだ)

A《同断の紅葉移りて鯉の彩》
(雀が蛤になるのは常識だが、紅葉が鯉に移るとは聞いたことがないが・・・あっても良い)

B《どう段の紅葉遷りて濃いの絢》
(山の紅葉は山頂から麓へと遷っていく。赤や黄色、濃い薄いが入り混じって段をなす。それが色糸を巡らした段だらのようにきらびやかだ)

【文/綾】1 物の表面に現れたさまざまな形や模様。特に、線が斜めに交わった模様。
【彩】[訓]いろどる 1 美しい色をつける。いろどり。
【絢】[訓]あや 色糸をめぐらした模様。また、きらびやかで美しい。「絢爛(けんらん)」

万葉仮名で記録された和歌(万葉集)を読み解くのはきっとこのような作業だったのだと思う。





(10/28)

     《みころもに御霊祀られ秋深し》


「日高見の空を廻るや花すすき」  高資   

《パラグライダー見上げる異国のススキかな》
             「グライダー見上げるパンパスグラスかな」  高資


     《大銀杏戯れかかる浮気雲》

【玉手 のり子】 浮気雲が銀杏に戯れかかっているのでしょうか?
大銀杏が雲に戯れているのかな?多分前者でしょうけど、
上5・座5共に名詞だと、三段切れと言って、内容が散漫になりやすいかも。
「ホ」ではあまり気にしないのですが、他結社の友人によく注意されます。


《銀杏樹に戯れかかる浮気雲》     「戯れて銀杏黄葉を誘ふ雲」  のり子




(10/27)

《チルチルとミチルの秋や駅ポスト》    


「朴の実に来る鳥にカメラ列」     「小鳥待つカメラの列に秋の風」




     《ダリア咲くアフロヘアーの自己主張》


《「入れー!」 ルースと並ぶ吉田弓美子》    

吉田のホールインワンは劇的だった。
175ヤードの17番、パー3。ティーショットを振り切った瞬間、自ら大きな声で「入れー」。
きれいな弧を描いたボールはピンの手前で弾み、少し転がってカップイン。万歳のポーズを繰り返して喜んだ。
(LPGA10/26兵庫・マスターズGC)





(10/26)

《ふんわりと唐綿の実や紙風船》    《唐綿の実にふんわりとてんとう虫》



「風船唐綿」の実は直径5〜6cm、袋を破ると中に白い綿がある。
面白いのは、同じ茎に「花」と「出来かけの実」もあることだ。
木の実(秋)と紙風船(春)が喧嘩するが目をつぶろう。
てんとう虫は(夏)の季語。

   






(10/25)

     《日溜まりの十月桜古戦場》


《高空にジャックと豆の木槐の実》    


散歩道で高い木の枝にえんどう豆のような実が成っているのを見つけた。
家に帰って調べ「槐(エンジュ)」の仲間だと見当をつけた。
【槐(えんじゅ)】 豆科 街路樹にもなる 花が終わると数珠状の豆の実をつける。
この木は幹が杉などのようにすっきりとは伸びないようだ。(2枚の写真参照)

     

同じ仲間に次がある。これらは高さが20mの大木になる。浅川土手の木はどちらかだろう。
【針槐 (はりえんじゅ)】 豆科 とげをもつことから「針槐」になった。・別名「ニセアカシア」。
【犬槐 (いぬえんじゅ)】 豆科 ・秋になると、 豆形の実ができる。

「ジャックと豆の木」(イギリス童話)は子供の頃に読み、豆の木が天まで伸びるのが不思議だったが、この槐なら納得がいく。

槐の花は(夏)の季語(角川歳時記)だが、実とすれば秋の季語に準ずるはずだ。





(10/24)

     《雲浮かぶ川沿いの道紅葉初む》


《銀杏樹の雌雄の見分け我知らず》    

雌雄の区別は葉の形でできるという俗説があるが、植物学的には根拠がなく、雌雄の判別は生殖器官の観察によるしかない。


     《飯桐の実のそよ風にさんざめき》

飯桐の実は秋(晩)の季語(角川歳時記のみ)。




(10/23)

《うぶ肌に紅の散り敷く初もみじ》    



《嫌なこと好いことすぐに皆忘れ》・・老人力?




(10/21)

     《王瓜大黒天の隠れ宿》

王瓜(烏瓜)は秋(晩)の季語。実が熟すると黒い種が20個近く入っている。
子供の頃、実の中の汁を足の脹ら脛に塗ると速く走れると教えられ、運動会の時に塗った覚えがある。
黒い種は大黒さまと呼んでいた。






(10/20)

(TCC 還暦喜寿コンペ)

《秋高し昂り鎮めティーを待つ》    

     《鳶一羽ただ悠然とうろこ雲》

《ピン睨む心は飛んでハワイの海》    




(10/19)

(北条氏照祭りにて)

     《秋空へ太鼓の連打駆け登り》

《ハンドベル響きに乗せる秋の夢》    

     《高らかにブラバンの音の秋空へ》


《七草の殿守る藤袴》    




《難語見つけ悦に入ってる生半熟》 にはなりたくない。

「生半熟」:A未熟なさま。尾崎紅葉、紫「何に成らうと、生半熟なことぢゃ行きませんねえ」


     《紅葉待つ佳人の肩に秋ショール》

《佳き人の紅葉待ちつつ秋ショール》    《舞い降りて十二頭身秋ショール》




(10/18)

《悪ガキが黄帽子の児をちちまわす》  (実験句)

ノーヒントです。ご自由に鑑賞、批評をお願いします。






(10/17)

《そぞろ寒地獄門横エヴアの像》    

     《大宇宙呑み込み尽くす秋の闇》

《わからない!そこが芸術俳もまた》    

     《ぶらり秋上野の森の版画展》

《焼きたてのエビチリサンド街は秋》    



     《木漏れ日に水車の響き秋涼し》

《皮を剥き干す追い羽根の珠は黒》    

追い羽根は新年の季語。ムクロジの実(秋の季語)と言いたいのだが、
季語がぶつかるので仕方なく。写真はドングリ。


「上野まで電車は遠い 吟行はイルカの歌を聴きながら」

     《丹精のバラ盆栽に和の心》

《戦国の切支丹灯籠秋あわれ》    

織部灯籠とは、 戦国武将で茶人でもあった古田織部(1544〜1615)が創案した灯籠の形であるといわれている。
四角柱の竿石の上部が十字架様に張りだし、地面に直接埋め込んで建てるのが主な特徴で、
竿石の形や彫像から、キリシタン灯籠とも呼ばれている。



     《栴檀や青い鳥散る散る実散る》   実験句




(10/16)

(神代植物公園で 一人吟行)

《白バラと小人に囲まれ白雪姫》    

     《錦木や紅葉の前に耀く実》

《栴檀や青い実の散り秋深し》    

     《十月桜可憐に咲いて季語乱す》

《咲きたいから咲くの季語など知らないわ》

【玉手 のり子】 「十月桜」で季題になるのでは? 綺麗なピンクですね。
【北野 和良】 のり子さん、「十月に桜咲く国上陸す」(狩野刀川)という例句がありましたから、
十月(秋)と桜(春)が喧嘩する訳ではなさそうですね。


《十月の陽だまりに咲く桜かな》    などでも良いでしょうか?


《薔薇の香の口づけ交わすエトランゼ》    

     《足元の薔薇を見詰めて秋思かな》

《浮き雲を地に降ろしたる大芒》    

     《ダリア咲く花びらの数だけの涙》

《薔薇に酔いテキーラに酔い当ては塩》    

     《秋豊か三百を越す実のいろいろ》

《秋晴れに誘われリベンジ バラフェスタ》  

     《侘び寂びは馬子に裃秋の虹》

《秋高し電車男の独り句座》    

     《ポップスに言葉を捜す秋の空》


《門前に鬼太郎の茶屋幽霊草》    

   


     《実柘榴のかつと裂けたる狂気かな》

《句の心言わぬが花の吉野山》




(10/15)

《落果せし無患子の珠瑞々し》    

無患子(ムクロジ)(の実)(秋の季語)は固く黒くなり、羽根突きの羽根の珠となる。
【永田 満徳】 そうですね。「瑞々し」などの形容詞、次いでに言えば形容動詞は使わない方がいいですね。
なぜなら、これらの言葉は句の「答え」を言ってしまい、読み手の想像を阻害するからです。


推敲句⇒ 《無患子の珠ぽろぽろと深大寺》




(10/14)

(神代植物公園へ行ったら、連休明け休みだったので、隣の深大寺にお参り)


     《「万緑」の草田男の句碑秋涼し》

(草田男の句碑があった。「 万緑の中や吾子の歯生え初むる」。
うろ覚えだか、万緑は草田男が創った言葉で後に季語となった。)


《虚子若し明治は遠き秋日和》    

(深大寺境内にも幾つかの句碑、歌碑がある。虚子の句は、
「 遠山に日の当たりたる枯野かな」 明治33年26歳の作とあった。)


     《秋散歩武蔵の国の深大寺》


《転んでもただでは起きぬ年金者》    

     《野分去り銀杏散り敷く石畳》


《斑鳩の塔の聳える花野かな》

     

《賞眩し斑鳩の郷秋日和》



(玉手のり子さんの句「夢殿に太子の夢や風薫る」を祝って)





(10/13)

《大戦を省みる古書秋の暮》    


(10/12)

「妖精は高きを翔ばずひよんの笛」  葱男

《歳時記を丸呑みにしてひょんの笛》     《俳人は見たこともないひょんを吹き》

・「ひょん」は20mにもなる大木、柞(いすのき)(暖地に自生するマンサク科の常緑高木)のことで
実(本当は葉っぱ)の穴を吹くと笛のように鳴る。(秋)の季語)



     《秋風に昭和漂う古書の市》

推敲句 《秋風に昭和耀(カガヨ)う古書の市》

耀(カガヨ)う:見え隠れする。 「すきかげに,ただ一人−・ひて/枕草子 」






(10/11)

《古書市の風の匂いや秋惜しむ》    





(10/10)

     《秋の浜どんちっち賑わう浜田港》 (実験句)

「どんちっち三魚(-さんぎょ)」(アジ、ノドクロ、カレイ)は、
島根県浜田市産物ブランド化戦略会議事務局が定めたブランド名のこと。
ここでは獲れた魚を厳選して品質基準(脂肪分量など)を満たした魚だけを「どんちっち」と認定している。
大分県の「関サバ」や「城下カレイ」も有名だが、品質基準があるとは聞いていない。
「どんちっち」とは、地元の伝統芸能「石見神楽」の囃子(はやし)(太鼓と鉦)を表現する幼児言葉のことである。

TV番組で「どんちっち」を知り、この言葉を入れて句を作りたいと思ったが、どんちっちは辞書にもなく方言のようなもの。
地元の人だけは分かるが、それ以外の人には意味不明。
上に書いた添え書きがあれば読者にも意味が十分に伝わると思った。

方言と似たものに「古語」「故事」などがある。何か聞きなれない言葉だなと思い、
辞書(/ネット)を調べると江戸時代以前の文献を引用して言葉の解説がありようやく句の意味が理解できる。
このような句を、「美しい日本語を継承しようとしている」と見るか、「知識をひけらかす自己満足」と受け取るか、難しいところだ。

昨日書いた五島先生の講義【詩性を高めて、読者の共感を得る情景にまとめること(「情」=ふたり心)】や
稲畑汀子氏の【平明に叙する】を思い浮かべると、
「分からなければ辞書を引き、もっと教養を高めなさい」という姿勢にもほどほどの頃合があって良いのではないかと思っている。






(10/09)

《月今宵皆既月食雲隠れ神さん拝んで熱燗二本》

《月蝕を隠すヴェールに恨み節》      《月見えず雲に隠れた人を恋う》



(10/08は「皆既月食」が見える日だった(pm7:24--8:24)が生憎当地は雲で隠れて見えなかったが、
Facebookでは各地から見えたよ〜の書き込みと月食を詠む投句が相次いだ)





(10/08)

《秋の水常(トワ)のさざ波水琴窟》     

陶器市で面白い手水壺を見た。中にポンプがあるらしく、水が循環している。
だが、考えると水は入れ替わらないので汚れたまま循環?これでは売れないか?





(10/07)

     《秋深し式部の色と空の蒼》




(10/06)

《キリギリス侘び寂びの実を知らないか》     


      「音澄んで水車が廻す水車かな」  高資

《心澄む人には聞こゆ水車音》

《孫水車どこにあるかと目を凝らす》     《キゴキゴと回る水車が季語代わり》


《電子辞書電池切れると不機嫌に》    




(10/04)

(俳句大学句会)

《浮雲を先達にする秋遍路》      《栗爆ぜて焼け木杭に火のつく恋》

(「浮雲」「先達」などは「遍路」を連想させるので、重ねるのは良くないと忠告された。
「焼け木杭」も「恋」を連想するので、わざわざ入れる必要はないとも。)



《秋涼し式部の色にときめいて》   ⇒    《花の名はコバルトセージ秋涼し》






(10/03)

      《秋彼岸身丈に合わす器も恋も》

⇒  《器も恋も身丈に合わす年金者》


(10/02)

《紫草の花に輝く金の蘂》    

写真はオオムラサキ・ツユクサ
【紫草(ムラサキ)、花紫、紫の花、根紫】は夏(晩)の季語(角川俳句大歳時記)


《追へば逃げ去れば寄りくる人の恋》

《チロロなく下駄と一緒に男捨て》      《下駄ならばすぐに代わりを買えるのに》


《曼珠沙華手折り初恋の風生まれ》




(10/01)

      《ソラミレド歌うさざ波秋高し》


  《季語入れて俳句ですよと猫かぶり》   

   《化け猫に柳の尻尾が見え隠れ》     《読み人は季語だけ認め苦笑い》


《初心者と胸はるたった一夜の夢》    《秋澄むや侘び寂び探しよもすがら》

(俳句大学投句欄が、”初心者限定”に変わろうとしたが、すぐに撤回された)




俳句にわび、さび、もののあわれといった、いわゆる俳味、俳趣が不可欠】 と言われているが、これが実に難しい。

《探してもポッケにはない侘びと寂び》     《わびさびを探し求めて暮の秋》

    《侘び寂びは売ってませんか?宝の市》



【宝の市】(秋・晩 行事)枡市、住吉の市、取鉢、住吉相撲会(角川俳句大歳時記)






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