自作俳句手帖(復刻版)    2014 August        トップへ



(8/31)

    《面影の初雪草や秋の色》




(8/30)

《秋高き雲から落ちて仙人草》   




◆ 高校野球観戦余句(8/27)ーー最終

《秋空にピンチとチャンス綾を成す》   《ピンチにも必笑忘れぬナインたち》

   

《ピッチャーは攻める守りの牽引車》   《目のついた捕球でさばく内野ゴロ》

   

《捲土重来誓う球児の夏終わる》




■ 俳句とも川柳とも言えない型破りで拙い五七五「高校野球観戦句」にお付き合い頂き有難うございました。
さらに素人の五七五の本欄への投句を、枯れ木も山の賑わいと寛恕された管理者の方に心から感謝致します。

甲子園で高校球児たちが真剣に戦う姿には本当に感動の連続でした。
ピッチャーは一試合に140球ほどを投げ、その一投一投に息を呑むドラマがありました。
攻守両校を合わせると280を越すシーンの中から何を切り出し五七五に写し取るか、
それはシャッターチャンスのシーンを写したり、ある意味で俳句吟行と似た精神活動であったような気がします。
野球には野球独特の用語があり、アナウンサーの解説を聞きながらそれらの用語を覚えたことも
頭の中の言葉のポケットに少し蓄えが増えたように感じています。

ただ俳句が重要視する花鳥風月や自然観察とは真逆にあり、季語と野球というのも相性は良くない。
見たシーンの感動を表すには17音ですら足りないことが多いので、季語など入れる余裕はとてもない。
文語体を使ったり、古語を探し出し音を縮めるというテクニックも相応しくない。

全国のファンが球児の活躍に感動し、勇気をくれて有難うという国民的?行事に、
野球(スポーツ)は俳句の対象ではないと切り捨て、我関せずと背を向けるしかない
俳句の人たちは少し悔しくはないのだろうか? と思ったりもしています。




(8/26)

    《後ずさり揃い浴衣の連妓たち》

後れまじ=南風、遅れないように、の掛け言葉が面白いですね。
3年前鳴門に住んでいて阿波踊りはふた夏堪能しました。
写真を見ていて後ずさりする踊り方もあったのでこんな句を思いつきました。
「あとずさり」は蟻地獄(夏の季語)のことでもあるようですね。



◆ 高校野球観戦句(8/26)決勝戦。

《エースナンバーの誇りで投げ込む140キロ》   《キャプテンの意地の一打で逆転す》

《バント球フライに捕られチャンス消え》   《ピッチャーを変えて流れを引き寄せる》

《追い越されすぐさま反撃ライト前》   《追撃を断ち切る気迫のカットボール》

   

《1球に賭ける思いの強襲打》   《ピッチャーのリズムに挑みヒットエンドラン》

《均衡を破るタイムリーヒットレフト前》   《三重高の猛打を封じ笑い泣く》

   

夏の甲子園は三重高と大阪桐蔭高の決勝戦。
両校共に打撃に優れ大量得点で勝ち上がってきたチームだった。
2回、先攻の三重がいきなり2点を取り流れを引き寄せたかに見えたが、
その裏に桐陰が1点を取り、3回裏にも1点を追加して振り出しに戻った。
5回表に三重が1点を追加したが、7回裏に桐陰は2点を取り、3−4に。
終盤、両校共に追加点のチャンスは作ったが実らず、エンドとなった。
決勝戦に相応しい好打、巧守備の連続に酔いしれた。




◆ 高校野球観戦句(8/25)

《5点追う先頭打者にホームラン》   《3バント臆せず当て2、3塁へ》

《快音を響かせ襲うセンター前》   《後ろ向きフライ捉える美技に沸く》

   

《ひと振りで追いつく2ランホームラン》   《バットの快音歓声駆けるアルプスに》

《外野手の見送る球はスタンドへ》   《ポンと鳴りミットが笑うストレート》

   

《打撃戦勝ち抜きナイン爽やかに》   《健闘を称え握手の両ナイン》

8/24、準決勝の三重ー日本文理、大阪桐蔭ー敦賀気比のニ試合が行われた。
ホームランの応酬もある打撃戦となったが、大阪桐蔭が打ち勝った。

《修練に凡句濫造繰り返す》




(8/24)

《進撃のチャンスを阻む逆シングル》    《連日観戦女房野球通となり》

   

《追加点アルプスの花に弾ける笑顔》    《実戦に学ぶ戦術/ルール/用語》

   





(8/23)

    《くがたちの湯の身に沁むや秋祭り》

浅川町熊野神社の秋祭りで、神主さんがぐらぐらと煮えたぎった湯に笹の葉を浸し、
参拝の客の頭の上から振りかけていた。
湯のことを何と言うのか分からないので、頭に浮かんだ「くがたち(探湯)」を使ったがとんでもない間違いかも知れない。



《パスボール勝越しランナー三塁へ》    《球を追いフェンスに激突外野魂》

   

《追いついて振り出しに戻る伯仲戦》    《持ち前の度胸で投げ込む外角球》

    


《目はTV頭は探す五七五》




(8/22)

《紅一点ベンチで闘うスコアラー》    


《内角のシュート打者を惑わせる》    《浮いた球すかさずヒット左中間》

   

《浜風を見方につけた方が勝ち》    《猛攻にピッチャー交代息呑むベンチ》

    


《投打者の百態を撮る観戦記》




(8/21)

《テンポよく打者を追い込むスライダー》    《ストレート狙う目線はバックスクリーン》

   

《フルカウント渾身の振りアルプス沸く》    《瀬戸際のチームにスーパーファインプレー》

    


《先輩も会社放り出し応援に》




《巧打美技溢れ湧き出る五七五》




(8/20)

    《ありがとう 勝利を願い「夢」の字に》

沖縄尚学校の応援団では、「あ、り、が、と、う」の文字を組み合わせた「夢」の字をTシャツに。
「恐れず」「奢らず」「気負わず」の文字も。


《堅実な送りバントで塁進め》     《息を呑むクロスプレー悲喜交々》

   

《駆け寄って投手和ます女房役》     《勝利して高らかに校歌秋空へ》

   

《凡句らにときたま佳句のご愛嬌》




(8/19)

《蓮の実の飛んで虻蜂仲間入り》 ←  《蓮の実の飛びて冥王星あたり》 Jin Nishikawa




《タカの眼で投手を睨む四番打者》     《ピンチにも投手余裕の笑み浮かべ》

《スクイズを読み切りホーム踏まさせず》

   

   


《激闘を17音に転写する》




(8/18)

子宮移植議論始まりザクロの実》    


《炎天下逆転誓い円陣に》     《ボール追い捕球泥んこものとせず》

《女学生汗と涙のリボン振る》

   

   




(8/17)

《猛攻にダッダダダ轟くメガホン》     《塁駆けて息もはひふへホームラン》

《メガホンの狂喜乱舞逆転劇》

   

   


  《月並みも秀句光らす三枚目》




(8/16)

    《二度三度球種を探るバッテリー》


《球場をバットの快音駆け抜ける》   

《スコアボードに飛球見守る雀》    《勝利して目頭濡らす老監督》




(8/15)

    《黙祷捧げグランドに散る球児》


《サヨナラの四球に呆然天仰ぐ》    《予想外ションベンボールに目を見張り》



甲子園の高校野球選手権大会で激闘が続いて、 巧まざる数々のドラマが生まれている。
第3日、広陵ー三重の試合は4-4で延長戦となったが、11回裏2死満塁、
3-1からの広陵・吉川の球を三重・世古がボールと見極め、押出しサヨナラゲームとなった。

第4日東海大四ー九州国際大付の試合で、東海大・西嶋投手の投げた山なり56kmのボールは観客を驚かせた。
写真は朝日新聞より、10枚の連写から合成したとのこと(池田良撮影)。
私の若い頃、このような山なりボールをションベンボールと呼んでいたと記憶している。


季語を入れると、俳句になるか?

《サヨナラの四球に呆然夏芝居》     《秋高しションベンボールに目を見張る》




(8/14)

《勝ち越してチアーガールの胸隆し》   

⇒ 《夏来るチアーガールの胸隆し》


    《夏の雲見つめる球児熱戦賦》

 《月並みは秀句の陰の立役者》




(8/13)

《御巣鷹に九ちゃん偲ぶ花木槿》   

    《愛うえを向いて歩こう立葵》

(1句目は月並み、2句目は言葉遊びです)




(8/12)

《妻は裏表は俺の甲子園》   《故郷が違い妥協の外野席》





(8/11)

    《野分去り熱戦始まる甲子園》


【永田 満徳】 少し月並句かと思います。月並句から抜け出せない私が偉そうなことを言うようですが、
独断ではなく、独創性のある句を詠みたいですね。
【北野 和良】 >永田さん、有難うございます。

《月並みに始まる俳句修行哉》    《月並みを超える工夫に脂汗》




(8/10)

《乱調の滝に ショパンも合わせかね》   

二月に降った大雪で屋根の雨樋が壊されて、台風の雨が滝状に落ちている。
大家さんが間もなく修理してくれるそうだが・・・・




(8/08)

    《ワンコインお釣りニッコリ正庶民》




(8/06)

《千貫を 担ぐ女の 夏祭り》   

    《千貫を 軽々挙げる 山の神》

「千貫」と言えば約400kg、80人の担ぎ手さんがいると、一人約5kgとなるので女性でも十分に耐えられる負荷だ。
それにしても八王子の女性は元気、太鼓でも大活躍していた。

私の故郷、兵庫県姫路・白浜の灘祭りの神輿(屋台)は重さが約1トン、100人ほどで担ぐと、一人10kgとなる。
勇壮さ、迫力は桁違いだ。

   




(8/05)

《炎昼や ササラのリズム 獅子の舞》 和

   

   

八王子市美山町に伝わるササラ獅子舞は、三匹の一人立ちの獅子がササラのリズムに合わせて舞い踊る。
太鼓を抱えた一人立ちの形は、越後獅子、沖縄、美山町の3つしかないそうだ。

日本独特?の楽器に、コキリコやササラがあり、美山町のササラは竹製でしたが、木で作る棒ササラの変形のようだ。



『獅子舞』は歳時記では〈新年〉の季語となっているが、
全国各地に伝わる獅子舞は夏祭り、秋祭りなどに神社に奉納されるケースも多く、
時期も新年とは限らない。(歳時記とは窮屈なものだ)

獅子の口で噛んでもらうと厄除けになるという言い伝えがあり、子供さんの頭を噛んでもらう親も多い。

こんな句を見つけた。      《豊隆の 胸へ舞獅子 口ひらく》  西東三鬼





(8/04)

    《サルビアが プラス思考で 攻めてくる》

サルビア・グアラニチカ(ブルーサルビア)は犬が吠えているようにも見える・・・・




(8/03)

《伝統を 受け継ぐ子らの バチ跳る》   



    《夏祭り 出会った太鼓に のめり込み》
アメリカから日本へ働きに来て、太鼓に魅せられたとか。




(8/02)

《クレオメの 簪を刺す 花火の夜》   

「クレオメ」と「花火」を歳時記で調べたら次のようだった。

歳時記 ⇒     ホトトギス 角川  合本
クレオメ(風蝶草)   ー   夏   ー   
花火           秋   夏   夏

上に挙げた私の拙句を歳時記と照らし合わせると次のようになる。
〈ホトトギス〉⇒ 秋の句
〈角川〉 ⇒ 夏の句(季重なり)
〈合本〉 ⇒ 夏の句

ホトトギスで「花火は〈秋の季語〉」がどうしても分からない。
今、街をゆく老若男女に「”花火”で思い浮かべる季節は何?」と質問したら、
99%の人は「夏」と答え、1%?の人だけが「歳時記では秋」と答えるだろう。

「俳句は季節感が大切」と言ったのは虚子だと思うが、
現代に生きる私たちが「花火=秋? ズレてるよね〜」と感じることを
ホ歳時記ではそうなっています、と頑迷に守り続ける伝統派俳人の気持ちがどうしても理解できない。
自分自身(世間一般・大多数)の季節(実)感よりも、俳聖の遺訓の方が大切ということだろうか?

先日、FB友のり子さんの記事に、ジャカランタを詠んだ句に対して、稲畑汀子師匠が
「季語にはないけど今の季節の花だから良いでしょう(準季語として認める)」と仰った、と書かれていて、
その大らかなジャッジにとても同感した。
次の改訂で「花火は秋⇒夏」と変わることを期待したい。




(8/01)

    《オニユリが 返事来ないと うなだれて》





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