ノルウェイの森
村上春樹著 講談社文庫 2010(2004,1991) 2010/12/
1987年9月、講談社から書き下ろし作品として上下巻が刊行、1991年に講談社文庫として文庫化
【登場人物 】
僕
主人公。フルネームは「ワタナベトオル」。神戸の高校を卒業後、東京の私立大学文学部に進学(加えて学生運動に関する記述などの設定については、著者のプロフィールと重なる部分が見られる)。
キズキ
「僕」の高校時代の同級生で唯一の親友。直子も交えて3人で遊ぶことが多かったが、17歳の時、自宅のガレージでN360の排気ガスで自殺する。
直子
キズキの幼なじみで恋人。神戸にあるミッション系の女子高校卒業後、東京の武蔵野のはずれにある女子大学に進学。
キズキの死後は「僕」との出会いが途絶えていたが、中央線の車内で偶然にも再会、交流を持つようになる。
「僕」と恋人のような関係になるが、ある日突然姿を消し、療養所に入り、最後に自殺する。
突撃隊
「僕」が住む学生寮の同室人だった学生。国立大学で地図学を専攻しており、国土地理院への就職を希望。
生真面目で潔癖症ゆえの数々のエピソードで「僕」や直子たちの心を和ませるが、突然退寮している。それ以後は「僕」の話以外で登場しない。
永沢さん
「僕」が住む学生寮の上級生。学籍は東京大学法学部。実家は名古屋で病院を経営。のちに外務省に入省。
独自の人生哲学を持っている。「グレート・ギャツビー」を「僕」が読んでいたことから「僕」と親しくなる。
僕に対しての印象を「出会った人の中で最もまともな人間」だと語っている。プレイボーイ。
ハツミさん
永沢さんの恋人。学籍は「とびきりのお嬢様が通う」東京の女子大。
はっと人目を引く美人ではないが、上品な装いに、理知的でユーモアがあり穏やかな人柄で、永沢さんをして「俺にはもったいない女」と言わしめる。
ビリヤードが得意。
永沢さんと別れた後、他の男と結婚し子供を産むが、2年後に自殺する。
小林緑
「僕」と同じ大学で同じ授業(「演劇論 II」)を受講。実家は大塚で書店を経営。両親を脳腫瘍で失う。
「僕」と恋人関係になる。
レイコさん
「阿美寮」における直子の同室人。フルネームは「石田玲子」。
かつてピアニストを目指していたが挫折し、3回にわたって精神病院に入院。
「阿美寮」には8年間入所しており、患者たちにピアノを教えている。ギターも得意である。横浜に別れた夫と長女がいる。
その夜、僕は直子と寝た。 (第三章) 直子の下宿で
そうすることが正しかったのかどうか、僕にはわからない。二十年近く経った今でも、やはりそれはわからない。
たぶん永遠にわからないだろうと思う。でもそのときはそうする以外にどうしようもなかったのだ。
彼女は気をたかぶらせていたし、混乱していたし、僕にそれを鎮めてもらいたがっていた。
僕は部屋の電気を消し、ゆっくりとやさしく彼女の服を脱がせ、自分の服も脱いだ。そして抱き合った。
暖かい雨の夜で、我々は裸のままで寒さを感じなかった。僕と直子は暗闇の中で無言のままお互いの体をさぐりあった。
僕は彼女に口づけし、乳房をやわらかく手で包んだ。直子は僕の固くなったペニスを握った。彼女のヴァギナはあたたかく濡れて僕を求めていた。
それでも僕が中に入ると彼女はひどく痛がった。はじめてなのかと訊くと、直子は肯いた。それで僕はちょっとわけがわからなくなってしまった。
僕はずっとキズキと直子が寝ていたと思っていたからだ。
僕はペニスをいちばん奥まで入れて、そのまま動かさずにじっとして、彼女を長いあいだ抱きしめていた。
そして彼女が落ち着きを見せるとゆっくりと動かし、長い時間をかけて射精した。最後には直子は僕の体をしっかりと抱きしめて声をあげた。
僕がそれまでに聞いたオルガズムの声の中でいちばん哀し気な声だった。
全てが終わったあとで僕はどうしてキズキと寝なかったのかと訊いてみた。でもそんなことは訊くべきではなかったのだ。
直子は僕の体から手を離し、声もなく泣きはじめた。
申しわけないが一緒につきあってくれないかと彼女は言った。 (第四章)
僕はこの当時の新宿の町でいろいろと奇妙な体験をしたけれど、朝の五時二十分に知らない女の子に酒を飲もうと誘われたのはこれがはじめてだった。
話を聞くと二人は同じ旅行代理店につとめていた。どちらも今年短大を出て勤めはじめたばかりで、仲良しだった。
小柄な方の女の子には恋人がいて一年ほど感じよくつきあっていたのだが、最近になって他の女と寝ていることがわかって、それで彼女はひどく落ちこんでいた。それがおおまかな話だった。
僕と小柄な女の子はどちらから誘うともなくホテルに入った。
僕の方も彼女の方もとくにお互いと寝てみたいと思ったわけではないのだが、ただ寝ないことにはおさまりがつかなかったのだ。
彼女の肌は白く、つるつるとしていて、脚のかたちがとてもきれいだった。僕が脚のことを賞めると彼女は素っ気ない声でありがとうと言った。
しかしベッドに入ると彼女はまったくの別人になった。僕の手の動きにあわせて彼女は敏感に反応し、体をくねらせ、声をあげた。
僕が中に入ると彼女は背中にぎゅっと爪を立てて、オルガズムに近づくと十六回も他の男の名前を呼んだ。
僕は射精を遅らせるために一所懸命回数を数えていたのだ。そしてそのまま我々は眠った。
「私、キズキ君と寝てもいいって思ってたのよ」 (第六章) 京都の療養所
と直子は言って髪どめをはずし、髪を下ろした。そして手の中で蝶のかたちをしたその髪どめをもてあそんでいた。
「もちろん彼は私と寝たがったわ。 だから私たち何度も何度もためしてみたのよ。でも駄目だったの。どうしてできないのか私には
全然わかんなかったし、今でもわかんないわ。だって私はキズキ君のことを愛していたし、別に処女性とかそういうのにこだわっていたわけじゃないんだもの。
彼がやりたいことなら私、何だって喜んでやってあげようと思ってたのよ。でも、できなかったの」
直子はまた髪を上にあげて、髪どめで止めた。
「全然濡れなかったのよ」 と直子は小さな声で言った。「開かなかったの、まるで。だからすごく痛くって。乾いてて、痛いの。いろんな風にためしてみたのよ、私たち。でも何やってもだめだったわ。何かで湿らせてみてもやはり痛いの。だから私ずっとキズキ君のを指とか唇とかでやってあげてたの・・・・わかるでしょう?」
僕は黙って肯いた。
「私だってできることならこういうこと話したくないのよ、ワタナベ君。できることならこういうことは私の胸の中にそっとしまっておきたかったのよ。でも仕方ないのよ。話さないわけにはいかないのよ。自分で解決がつかないんだもの。だってあなたと寝たとき私すごく濡れてたでしょう? そうでしょう?」
「うん」 と僕は言った。
「わたしあの二十歳の誕生日の夕方、あなたに会った最初からずっと濡れてたの。そうしてあなたに抱かれたいと思ってたの。そんなこと思ったのってはじめてよ。どうして? どうしてそんなことが起きるの? だって私、キズキ君のこと本当に愛してたのよ」
「そして僕のことは愛していたわけではないのに、ということ?」
僕が手をのばして彼女に触れようとすると (第六章) 京都の療養所
直子はすっとうしろに身を引いた。唇が少しだけ震えた。それから直子は両手をあげるようにゆっくりとガウンのボタンを外しはじめた。
ボタンは全部で七つあった。僕は彼女の細い美しい指が順番にそれを外していくのを、まるで夢のつづきを見ているような気持で眺めていた。その小さな七つの白いボタンが全部外れてしまうと、直子は虫が脱皮するときのように腰の方にガウンをするりと下ろして脱ぎ捨て、裸になった。ガウンの下に、直子は何もつけていなかった。彼女が身につけているのは蝶のかたちをしたヘアピンだけだった。
直子はガウンを脱ぎ捨ててしまうと床に膝をついたまま僕を見ていた。やわらかな月の光に照らされた直子の体はまだ生まれおちて間のない新しい肉体のようにつややかで痛々しかった。彼女が少し体を動かすとーーーそれはほんの僅かな動きなのにーーー月の光のあたる部分が微妙に移動し、体を染める影のかたちが変わった。丸く盛り上がった乳房や、小さな乳首や、へそのくぼみや、腰骨や陰毛のつくりだす粒子の粗い影はまるで湖面をうつろう水紋のようにそのかたちを変えていった。
これはなんという完全な肉体なのだろうーーーと僕は思った。直子はいつの間にこんな完全な肉体を持つようになったのだろう? そしてあの春の夜に僕が抱いた彼女の肉体はいったいどこに行ってしまったのだろう?
ふっくらとした少女の肉がキズキの死と前後してすっかりそぎおとされ、それから成熟という肉をつけ加えられたのだ。直子の肉体はあまりにも美しく完成されていたので、僕は性的な興奮すら感じなかった。僕はただ茫然としてその美しい腰のくびれや、丸くつややかな乳房や、呼吸にあわせて静かに揺れるすらりとした腹やその下のやわらかな黒い陰毛のかげりを見つめているだけだった。
「出してあげようか?」 「手で?」 「そう」 と直子は言った。 (第六章) 療養所
「ねえ、直子?」 と僕は言った。「なあに?」 「やってほしい」
「いいわよ」 と直子はにっこりと微笑んで言った。そして僕のズボンのジッパーを外し、固くなったペニスを手で握った。
「あたたかい」 と直子は言った。
直子が手を動かそうとするのを僕は止めて、彼女のブラウスのボタンを外し、背中に手をまわしてブラジャーのホックを外した。
そしてやわらかいピンク色の乳房にそっと唇をつけた。直子は目を閉じ。それからゆっくりと指を動かしはじめた。
「なかなか上手いじゃない」 と僕は言った。 「いい子だから黙っていてよ」 と直子が言った。
射精が終わると僕はやさしく彼女を抱き、もう一度口づけした。そして直子はブラジャーとブラウスをもとどおりにし、僕はズボンのジッパーをあげた。
僕と直子はベッドの上で抱き合った (第十章) 療養所
僕は彼女の首や肩や乳房にそっと口づけし、直子は前と同じように指で僕を導いてくれた。
射精しおわったあとで、僕は直子を抱きながら、この二カ月ずっと君の指の感触のことを覚えていたんだと言った。そして君のことを考えながらマスターベーションしてた、と。
「他の誰とも寝なかったの?」 と直子が訊ねた。「寝なかったよ」 と僕は言った。
「じゃあ、これも覚えてね」 と彼女は言って体を下にずらし、僕のペニスにそっと唇をつけ、それからあたたかく包みこみ、舌をはわせた。直子のまっすぐな髪が僕の下腹に落ちかかり、彼女の唇の動きにあわせてさらさらと揺れた。そして僕は二度めの射精をした。
「覚えていられる?」 とそのあとで直子が僕に訊ねた。
「もちろん、ずっと覚えているよ」 と僕は言った。僕は直子を抱き寄せ、下着の中に指を入れてヴァギナにあててみたが、それは乾いていた。
「どうして私濡れないのかしら?」 と直子は小さな声で言った。「私がそうなったのは本当にあの一回きりなのよ。四月のあの二十歳のお誕生日だけ。あのあなたに抱かれた夜だけ。どうして駄目なのかしら?」
「それは精神的なものだから、時間が経てばうまくいくよ。あせることないさ」
「私の問題は全部精神的なものよ」 と直子は言った。「もし私が一生濡れることがなくて、一生セックスできなくても、それでもあなたずっと私のこと好きでいられる? ずっと手と唇だけで我慢出来る? それともセックスの問題は他の女の人と寝て解決するの?」
「僕は本質的に楽天的な人間なんだよ」 と僕は言った。
「好きにしていいよ」 と僕は言った。 (第十章) 緑の家で
緑は布団の中にもぐりこんでしばらく僕のペニスをいじりまわした。皮をひっぱったり、手のひらで睾丸の重さを測ったりしていた。そして布団から首を出してふうっと息をついた。 「でも私あなたのこれすごく好きよ。お世辞じゃなくて」
「ありがとう」 と僕は素直に礼を言った。
「でもワタナベ君、私とやりたくないんでしょ? いろんなことがはっきりするまでは」
「やりたくないわけがないだろう」 と僕は言った。「頭がおかしくなるくらいやりたいよ。でもやるわけにはいかないんだよ」
「頑固な人ねえ。もし私だったらやっちゃうけどな。そしてやっちゃってから考えるけどな」
「本当にそうする?」
「嘘よ」 と緑は小さな声で言った。「私もやらないと思うわ。もし私があなただったら、やはりやらないと思う。そして私、あなたのそういうところが好きなの。本当に本当に好きなのよ」
「どれくらい好き?」 と僕は訊いたが、彼女は答えなかった。そして答えるかわりに僕の体にぴったりと身を寄せて僕の乳房に唇をつけ、ペニスを握った手をゆっくりと動かしはじめた。僕が最初に思ったのは直子の手の動かし方とずいぶん違うなということだった。どちらも優しくて素敵なのだけれど、何かが違っていて、それでまったく別の体験のように感じられてしまうのだ。
「私の胸かあそこ触りたい?」 と緑が訊いた。
「触りたいけど、まださわらない方がいいと思う。一度にいろんなことやると刺激が強すぎる」
緑は肯いて布団の中でもそもそとパンティを脱いでそれを僕のペニスの先にあてた。
「ここに出していいからね」 「でも汚れちゃうよ」
「涙が出るからつまんないこと言わないでよ」 と緑は泣きそうな声で言った。
「そんなの洗えばすむことでしょう。遠慮しないで好きなだけ出しなさいよ。気になるんなら新しいの買ってプレゼントしてよ。それとも私のじゃ気にいらなくて出せないの?」
「まさか」 と僕は言った。
僕は緑が好きだったし (第十章)
彼女が僕のもとに戻ってきてくれたことはとても嬉しかった。彼女となら二人でうまくやっていけるだろうと思った。そして緑は彼女自身言っていたように血のかよった生身の女の子で、そのあたたかい体を僕の腕の中にあずけていたのだ。僕としては緑を裸にして体を開かせ、そのあたたかみの中に身を沈めたいという激しい欲望を押しとどめるのがやっとだった。
僕のペニスを握った指がゆっくりと動き始めたのを止めさせるなんてとてもできなかった。僕はそれを求めていたし、彼女もそれを求めていたし、我々はもう既に愛しあっていたのだ。誰にそれを押しとどめることができるだろう?
そう僕は緑を愛していた。そして、たぶんそのことはもっと前にわかっていたはずなのだ。僕はただその結論を長いあいだ回避しつづけていただけなのだ。
問題は僕が直子に対してそいう状況の展開をうまく説明できないという点にあった。他の時期ならともかく、今の直子に僕が他の女の子を好きになってしまったなんて言えるわけがなかった。
そして僕は直子のこともやはり愛していたのだ。どこかの過程で不思議なかたちで歪められた愛し方であるにはせよ、僕は間違いなく直子を愛していたし、僕の中には直子のためにかなり広い場所が手つかず保存されていたのだ。
恋に落ちたら (第十章) レイコさんの手紙
それに身をまかせるのが自然というものでしょう。私はそう思います。それも誠実さのひとつのかたちです。
私の個人的感情を言えば、緑さんというのはなかなか素敵な女の子のようですね。
あなたが彼女に心を魅かれるというのは手紙を読んでいてもよくわかります。そして直子に同時に心を魅かれるというのもよくわかります。そんなことは罪でもなんでもありません。このだだっ広い世界にはよくあることです。天気の良い日に美しい湖にボートを浮かべて、空もきれいだし湖も美しいというのと同じです。そんな風に悩むのはやめなさい。
放っておいても物事は流れるべき方向に流れるし、どれだけベストを尽くしても人は傷つくときは傷つくのです。人生とはそういうものです。
『彼のが入ってきたとき (第十一章) レイコさんの手紙
私痛くてもう「どうしていいかよくわかんないくらいだったの』 って直子が言ったわ。『私初めてだったし。濡れてたからするっと入ったことは入ったんだけど、とにかく痛いのよ。頭がぼおっとしちゃうくらい。彼はずっと奥の方まで入れてもうこれくらいかなと思ったところで私の脚を少し上げさせて、もっと奥まで入れちゃったの。するとね、体中がひやっと冷たくなったの。まるで氷水につけられたみたいに。手と脚がじんとしびれて寒気がするの。いったいどうなるんだろう、私このまま死んじゃうのかしら、それならそれでまあかまわないやって思ったわ。でも彼は私が痛がっていることを知って、奥の方に入れたままもうそれ以上動かさないで、私の体をやさしく抱いて髪とか首とか胸とかにずっとキスをしてくれたの、長いあいだ。するとね、だんだん体にあたたかみが戻ってきたの。そして彼がゆっくりと動かし始めて・・・・ねえ、レイコさん、それが本当に素晴らしいのよ。頭の中がとろけちゃいそうなくらい。このまま、この人に抱かれたまま、一生これやってたいと思ったくらいよ。本当にそう思ったのよ』
『そんなに良かったんならワタナベ君と一緒になって毎日やってればよかったんじゃないの?』 って私言ったの。
『でも駄目なのよ、レイコさん』 って直子は言ったわ。『私にはそれがわかるの。それはやって来て、もう去っていってしまったものなの。それは二度と戻ってこないのよ。何かの加減で一生に一度だけ起ったことなの。そのあとも前も、私何も感じないのよ。やりたいと思ったこともないし、濡れたこともないのよ』
「ねえ、ワタナベ君、私とあれやろうよ」 (第十一章)
と弾き終わったあとでレイコさんが小さな声で言った。
「不思議ですね」 と僕は言った。「僕も同じこと考えていたんです」
カーテンを閉めた暗い部屋の中で僕とレイコさんは本当に当たり前のことのように抱きあい、お互いの体を求めあった。
僕は彼女のシャツを脱がせ、ズボンを脱がせ、下着をとった。
「ねえ、私けっこう不思議な人生送ってきたけど、十九歳年下の男の子にパンツ脱がされるのことになるとは思いもしなかったわね」 とレイコさんは言った。
「じゃあ自分でぬぎますか?」 と僕は言った。
「いいわよ、脱がせて」 と彼女は言った。「でも私しわだらけだからがっかりしないでよ」
「僕、レイコさんのしわ好きですよ」 「泣けるわね」 とレイコさんは小さな声で言った。
僕は彼女のいろんな部分に唇をつけ、しわがあるとそこを舌でなぞった。そして少女のような薄い乳房に手をあて、乳首をやわらかく噛み、あたたかく湿ったヴァギナに指をあててゆっくりと動かした。
「ねえ、ワタナベ君」 とレイコさんが僕の耳もとで言った。「そこ違うわよ。それただのしわよ」
「こういうときにも冗談しか言えないんですか?」 と僕はあきれて言った。
「ごめんなさい」 とレイコさんは言った。「怖いのよ、私。もうずっとこれやってないから。なんだか十七の女の子が男の子の下宿に遊びに行ったら裸にされちゃったみたいな気分よ」
「ほんとうに十七の女の子を犯しているみたいな気分ですよ」
僕はしわの中に指を入れ、首筋から耳にかけて口づけし、乳首をつまんだ。そして彼女の息づかいが激しくなって喉が小さく震えはじめると僕はそのほっそりとした脚を広げてゆっくりと中に入った。
「ねえ、大丈夫よね、妊娠しないようにしてくれるわよね?」 とレイコさんは小さな声で僕に訊いた。「この年で妊娠するの恥ずかしいから」
「大丈夫ですよ。安心して」 と僕は言った。
ペニスを奥まで入れると、彼女は体を震わせてため息をついた。僕は彼女の背中をやさしくさするように撫でながらペニスを何度か動かして、そして何の予兆もなく突然射精した。それは押しとどめようのない激しい射精だった。僕は彼女にしがみついたまま、そのあたたかみの中に何度も精液を注いだ。
僕は少しあとでもう一度固くなったペニスを彼女の中に入れた。レイコさんは僕の下で息を呑みこんで体をよじらせた。僕は彼女を抱いて静かにペニスを動かしながら、二人でいろんな話をした。彼女の中に入ったまま話をするのはとても素敵だった。僕が冗談を言って彼女がくすくす笑うと、その振動がペニスをつたわってきた。僕らは長いあいだずっとそのまま抱きあっていた。
結局その夜我々は四回交わった。四回の性交のあとで、レイコさんは僕の腕の中で目を閉じて深いため息をつき、体を何度か小さく震わせた。
僕は緑に電話をかけ (第十一章)
君とどうしても話がしたいんだ。話すことがいっぱいある。はなさなくちゃいけないことがいっぱいある。
世界中に君以外に求めるものは何もない。君と会って話したい。何もかもを君と二人で最初から始めたい、と言った。
緑は長いあいだ電話の向こうで黙っていた。まるで世界中の細かい雨が世界中の芝生に降っているようなそんな沈黙がつづいた。僕はそのあいだガラス窓にずっと額を押しつけて目を閉じていた。それからやがて緑が口を開いた。
「あなた、今どこにいるの?」 と彼女は静かな声で言った。
僕は今どこにいるのだ?
僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話ボックスのまわりをぐるりと見まわしてみた。
僕は今どこにいるのだ? でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。見当もつかなかった。
いったいどこなんだ? 僕の目にうつるのはいずこへともなく歩きすぎていく無数の人々の姿だけだった。
僕はどこでもない場所のまん中から緑を呼びつづけていた。
映画:2010-12 公開
・キャスト
ワタナベ - 松山ケンイチ
直子 - 菊地凛子
小林緑 - 水原希子
キズキ - 高良健吾
永沢 - 玉山鉄二
レイコ - 霧島れいか
突撃隊 - 柄本時生
ハツミ - 初音映莉子
大学教授 - 糸井重里
レコード店店長 - 細野晴臣
阿美寮門番 - 高橋幸宏
・ スタッフ
原作 - 村上春樹『ノルウェイの森』(講談社刊)
監督・脚本 - トラン・アン・ユン
音楽 - ジョニー・グリーンウッド
菊地凛子さんは、初日舞台挨拶でこんな挨拶をしている。
記念すべき初日に足を運んでくださって、ありがとうございます。いかがだったでしょうか。
この映画は、終わった後の余韻をすごく大事にしたいなと思える作品になっていると思います。
楽しんでいただけたら良いなと思います。
◆ たくさんの国の言語に翻訳され、世界で1000万部売れているという。
しかし、冒頭でのキズキの自殺、ラストでの直子の自殺が何故なのか、どう繋がっているのか、よく理解できなかった。
1970年、大学闘争の頃の時代風景を思い出す。その頃の若者の性風俗はこんな風だったのだろうか?
さらに一昔前の「太陽の季節」(太陽族)との違いは何だろうか?
村上春樹氏は精神病?にとても関心があるようだ。