木の葉侍  口入れ屋人道落帖      花家圭太郎著     二見時代文庫  2008       2010/03/26       トップへ

 「わしはもう江戸を生きるしかね。剣術以外の稼ぎがあるとは思いもしなかった。やってみるべと思う」
 金を掏られて行き倒れた羽州浪人・永井新兵衛を、口入れ屋の庄三郎が救った。口入れ稼業の要諦は、人を見抜く眼力。
 まるで水面を流れる木の葉のような新兵衛の人柄に惚れたのだ。
 地獄に仏と、新兵衛は食うため、生きるため慣れぬ仕事に精を出すが・・・・  

  江戸有情
 道の真ん中に浪人態の武士が突っ立つ。髭も月代も伸び放題、頬はこけ目はくぼみ、幽鬼も同然である。その幽鬼が正面に突いた刀に両手を重ね、ヌッと立ちふさがった。
 「すまぬ。驚かせたべの。頼みがある。聴き届けてくれねべか」
 「お侍さま、頼みとは何事でございましょう」  と半腰を折った。
 「まっことすまねども、金を貸してくれねべか。七月八日には必ず返す。嘘はこかね」
 「お侍さま、金高はいかほどでございましょう」  「いくらでもよい。そちらの困らぬ程度でよい」
 「それでもつかい道あってのことでございましょう」  「金高はわからねども、七夕まではなんとしても生きておらねばならぬ。つかい道はその生き料と思ってけれ」
 「生き料・・・・でございますか。わかりました。七夕までひと月半余り・・・・一両、いや二両お貸し致しましょう」

 羽州浪人・永井新兵衛はこうして口入れ屋・慶安堂主人・庄三郎の世話になることになった。

  野良猫
 「お内儀どの、事情というのはわしと浪路どののことだけではね。実は国元でお家騒動が持ち上がっての。それをよいことに、両派の間で闇討ち、殺し合いが始まってしまった。なにせ筆頭家老と次席家老の争いだから、どうにもならぬ。して、浪路どのは次席家老の女御だ。そんなことが絡みあって、共に国を出ることが出来なかった。わしも心残りでならぬ。それ以上に心配でならぬ」
 かいつまめばそういうことになるが、実態はさらに凄まじい。その中で新兵衛は手を汚した。在府の藩主から密命がもたらされたとはいえ、筆頭家老父子を斬った。ゆえに一刻も国元へとどまれず、浪路と七夕を約して出奔したのである。

 新兵衛が庄三郎と出会う直前に財布を掏られた女掏り・お竜と出会った。
 「実はの、お竜。わしが奥山でそなたを助け起こした時、なんとしたことか、わしの財布はそなたのふところへ移ってしまった。それを返してもらいたいのじゃ」
 「旦那、返しますよ。その財布の中身、いかほどでござんした?」
 「お竜、金のことではね。それはどうでもよい。掏ったはそなたの腕、掏られたはわしの不覚。そこは仕方ね。ただ、あの財布には大事な書付けが入っておったのだ。そなたにとっては二束三文の書付けだ。それを返してけれ」
 「旦那、あれは書付けじゃありませんよ。火傷しそうな恋文じゃありませんか」

  戻り船
 「その前に主人どの、なんぞ急な仕事がはいったとか」
 「はい、それです。大伝馬町の丸屋さんがあす、下野の真岡に出張ります。木綿の買い付け・・・いえ、その予約です。そのために、それ相応の前渡金を持参しての旅となります。その道中を警護していただきたいのです」
 なるほど、用心棒というわけだの。で、その真岡は遠いところだべか」
 「宇都宮の近くです。江戸から二十五里ぐらいのものでしょう。向こうで二、三日滞在しても、十日以内の旅です」

 心配した通り道中で三人の浪人者と一人の与太者に襲われるが、新三郎が三人を倒し、捕えた与太者・岩伍から依頼者を訊き出す。
 大身旗本の次男坊・砂土原弁之助を頭とする浅草牙組の手の物で、岡っ引き仙三が丸屋の情報を流したと分かる。

  貧乏くじ
 「お竜。牙組は悪党だ。だがわしは、武士として遇しようと思う。浪人や与太者どもは役人に任せればよい。わしは頭の砂土原と、その取り巻きの旗本連中を退治すればよい。で、その者らを武士として遇したら、乗ってこねべか」
 「えっ、武士として・・・・。なんのこってす、旦那」
 「お竜、武士に公然と許された斬り合いは、仇討ちと果たし合いの二つだ。わしが果たし合いを申し込んだら、乗ってこねべか」
 「牙組はわしを恨んでおる。意趣返しの機を窺っておる。いずれは決着を避けられね。とすれば、向こうにとっても渡りに船だべ」
 「ですが旦那、果たし合いは堂々とやるものでござんしょう。あいつら、汚いよ。乗ってこなかったらどうするんです」
 「そのときはお竜、そなたが浅草中に噂をまき散らせ。牙組は果たし合いにも応じられぬ腰抜け、臆病者・・・そのようにの。そこへわしがまた果たし状を突き付ける。するとどうなるのな」
 「おお、面白い。面白いよ、旦那。あいつら、浅草中の嗤い者になる。ほほほ、面白い。旦那、それ、やりましょう」

 新兵衛は果たし合いに応じた牙組の侍たち八人の手首を斬り落とし、二度と乱暴が出来ないようにした。

 ◆ 捨て児で寺で育てられた新兵衛は独力で剣術を修行し、その後、天流の極意を学び、藩の剣術指南役になるが、お家騒動に巻き込まれ、家老父子を斬り殺し、国を捨て江戸に出る。
 次席家老の娘と江戸で再会する約束をするが、この本ではまだそれは実現しない。
 自作が楽しみだ。