魔笛天誅人 北町裏奉行
北川哲史著 だいわ文庫 2007 2009/07/05
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悪行が横行した田沼意次の時代に、十八年間も北町奉行を務めた曲渕甲斐守景漸。笙(雅楽の管楽器)の名手でもある。
この甲斐守、ただの町奉行ではない。奉行として法にのっとった裁きを下しながら、法の目をかいくぐる巨悪に対しては容赦なく裏裁きを加え、悪辣な相手からは躊躇なく全品をも召し上げるのであった。
魔笛天誅人曲渕甲斐守が、表から裏から鉄槌を下す。 シリーズ第一弾!
十八大通
明和六年(1769)曲渕甲斐守は江戸北町奉行に就任した。
時の老中筆頭は松平右近将監武元、飛ぶ鳥を落とす勢いといわれた田沼田主電頭意次は老中格であった。
『十八大通』とは、その頃、粋に吉原へ通う『通人』十八名のことを指して言われている造語である。ほとんどが、豪商だ。この言葉には、憧れを通り越し、多分にやっかみが含まれている。
「実は、北町奉行就任早々に、武元殿から難しい仕事を頼まれてな」
「先ほどの伊勢屋だが、なぜ一番大きな札差が、厳しい取立てを始めたのか。その理由が知りたい」
「お奉行の言われること、解せませぬ。伊勢屋が借金を取り立てるのがよからぬ事でございますか。借金をしていて返せぬほうがもっと悪いのではございませぬか」
うむ。理屈はそうだ。話を聞いてみると、札差どもは、御家人たちの足元につけこんで法外な利息を取っているらしい」
伊勢屋は廃業した大口屋から札差の株を買い取り、大口屋が抱えていた御家人への貸付金約百万両も引き継いだ。
貸付金の証文の利息は法定通りの一割五分となっているが、「奥印金」というカラクリを使い、高い利息を取り立てていることが明らかにされ、伊勢屋は財産没収・けつ所となり主人は江戸払いと処断された。
甲斐守は隠居した大口屋を見つけ出し、隠し金を取り上げる。
三十三間堂倒壊
八月の終わりの夜中にに、旋風が発生し、大雨、大雷が起こり、多くの家が倒壊し、深川三十三間堂も倒壊した。
あくる朝、材木問屋信濃屋の主、喜兵衛が自分の部屋で殺されているのが発見された。
家人に訊いたが、犯人らしい者を見た者はおらず、金も盗まれていないと言った。
奉行所の内膳の調べで、深川三十三間堂の床下に血痕が見つかり、また付け火の後らしい焼け焦げが見つかった。
「実は、信濃屋も今度の深川三十三間堂の倒壊で、なんとか持ち直すこおtができそうでなによりなのだが」
「はい。おかげさまで」 「その買い占めた材木の資金を廣吉はどこから手配したのか、ちょいと心配でな」
「今買い占めが進んでいます信濃屋の材木購入資金は、木曽屋さんがすべて出してくださっているんです」
木曽屋は資金を貸す代わりに、仕入れた材木の販売を一手に引き受けると言う条件を出していた。
嵐で材木の需要が増え値段は急騰した。木曽屋はさらに高い値段をつけて大儲けを企んだのだが・・・・
両国橋の悲劇
月が替わり九月、甲斐守は大川の両国橋で一人の女を見かけた。なにやら仔細ありげな様子で橋の欄干から身を投げようとしたので、急いで引き止めた。
「私はこの近くで山口屋という油屋を営んでおります藤右衛門の妻でたねと申します」
「ふむ。悩みの種はどうやら、亭主のことらしいが、浮気でもしたか、それとも博打にのめり込んで、金遣いが荒いか。いずれにしても身を投げて死ぬほどのことはないと思うがな」
「そうでしょうか・・・・」 「そうさ。生きてりゃあ、誰にだってm辛えことはいっぱいある。それを苦にして身投げしてちゃあ、命がいくらあっても足りゃあしねえぞ」
「辛いわけではありません」 「自分のこおtが嫌になったのでございます」
おたねの亭主・藤右衛門は浅草花川戸町で三味線の師匠をしていたうねを妾にしていた。少し前、大川で舟遊びをしようと仲間の旦那衆を招き、うねには三味線を弾かせていたが、うねが川に落ちて溺れ死ぬ事件があった。
奉行所の調べで殺人ではなく、うねが事故で川に落ちたと判断されていた。うねには源六というやくざの兄がいた・・・・
◆ 曲渕甲斐守景漸は実在の人物のようだ。作者は賄賂を横行させた田沼意次を必ずしも悪いだけの人物とは描いていない。
甲斐守についても同様の視点から、謹厳実直ではなく、よの裏表を知り使い分ける、清濁併せ呑む人物として描いている。
裏奉行・天誅人という一面をやむないものと認めている。
例えばこんな文章がある。
「妾を持つ男は、まず女房を一番に愛しておらねばならぬぞ」 と言った。
「は?」 と今度は内膳が首を傾げた。
「女房を愛していながら妾を持つのでございますか」 彦四郎が戸惑いの体で問い直した。
「女房をまず一番大切と思って愛し、残りの愛で妾というものを持つのじゃ」 「妾になる女も、その機微をわきまえておらぬと、後々、つまらぬことになる。男と女の粋とはそういうことじゃ」