忍恋十手  はみだし同心人情剣      松本賢吾著     双葉文庫    2006       2008/03/28

  南町奉行所の用部屋手付同心・神永駒次郎は、大岡忠相を二ヶ月に一度襲う発作の手当てと、奉行直命の 探索を行うのが役目である。
 大阪に御落胤を名乗る天一坊が現れ、正体を疑う忠相は窮地に。   密命を受けた駒次郎は、小石川療養所に運び込まれて死んだ浪人の過去から、残忍な盗賊団と天一坊との 繋がりを突き止める。

  石地蔵
 駒次郎は荷担ぎが地蔵の前で居眠りをし、白木綿五百反を盗まれてしまったことを話した。
 「弥五郎という荷担ぎは、弁償する金もなく、死ぬしかないと大川へ身を投げようとしていたのです」
 「そうか、人の命は大切なもの。助けてやらねばならぬな」
 忠相が眠ったような顔になって、相槌を打つ。眠ったような顔は、忠相が熟慮しているときの顔だ。ややあって、忠相が 微笑んだ。
 「駒、下手人はわかった。さっそく縄を打って、お白州に引き立てるがよい」
 「もう、おわかりになりましたか!」 さすがの駒次郎も驚きの声をあげた。 「それで、誰を召し捕ったらよろしいのでしょうか?」
 「わからぬか、駒。南蔵院の地蔵こそ盗賊の一味に違いない。即刻、召し捕ってまいれ。・・・・いや、待て。 よもや地蔵が逃げることもあるまいから、明日、麗々しく捕り物支度をして、召し捕るがよかろう」

  御落胤
 「上様の御落胤が大阪に現れおったのだ」 お奉行が声を落として、一気呵成に言った。
 「大阪城代からの書状によると、御落胤である証拠のお墨付きと短刀を持ち、容貌や声も上様に似ていて、 しかも上様は身に覚えがおありのようで、ご対面を望んでおられる。
 ・・・・が、わしはどうしても腑に落ちぬ。何の証拠もないが偽者に思えてならぬのだ。 万一、ご対面を 終えてから、偽者であることが判明してみろ。それこそ天下の物笑い。上様の権威は失墜し、邁進されている 改革も頓挫しかねない。そのようなことがあってはならぬのだ。断じてあってはならぬのだ」
 お奉行が駒次郎を睨むように見た。「駒、何とかせい!」
 「お任せあれ!」 駒次郎は小躍りした。 「語落胤の化けの皮を剥がしてご覧に入れます!」

  生き証人
 「連中はここの人足の木村新兵衛という浪人を斬った。このことは知っておるか」  浪人は口を噤んだまま 俯いている。
 「知らぬとは言わぬところをみると、知っているということだろう。その新兵衛が小石川の療養所で、 誰に斬られたと訊いたおれに、赤川大膳という名を告げた。おぬし、赤川大膳という男を知っておるのではないか。 ・・・・・これはおれの勘だが、赤川大膳という男は新兵衛を人斬り浪人に殺させ、次はおぬしを殺させようと している。おぬしもそのことを知っていて、そんなに怯えているんじゃねえのか」
 浪人が何か言った。が、呟くような声で、よく聞こえなかった。
 「もう一度言ってくれ」  すると浪人は顔を上げ、はっきりとした口調になった。
 「新兵衛に線香をあげさせてくれぬか。その後に何もかも話そう」

  山師
 偽御落胤の徳川天一坊一味は、はじめは天一坊、赤川大膳、藤井左京、常楽院天忠の四人だった。そこへ山内伊賀亮が 加わり、弟子の玄十郎を含めた六人が、天一坊が偽御落胤と知っていた。
 その後に加えた多くの家臣は、天一坊を本物の御落胤と信じて集まった者たちだ。
 そういった経緯があるから、大膳と左京は天一坊の傍らにあって傍若無人に振る舞い、無能なくせに新参の伊賀亮を 侮ったりした。まして伊賀亮の弟子で、おまけに眇めで短躯の玄十郎に対して、下男扱いをして憚らず、人一倍 自尊心の強い玄十郎には許せぬことだった。

  死闘
 「檜垣玄十郎。わしは天一坊の家来ではなく、天下一の軍師、山内伊賀亮の弟子だ」
 「天一坊が嫌いなようだな。やはり偽者を敬う気にはなれぬか」
 「くくく、天一坊は本物の御落胤さ。それは、証拠の二品があるからではなく、山内伊賀亮が本物だというから、 本物なんだ」
 「玄十郎、語るに落ちたな。おぬしは今、天一坊は伊賀亮が本物に仕立てあげた、真っ赤な偽物だといった。 そこまで言ったのなら、天一坊の正体も言ってしまったらどうだ」
 「くくく、それを聞いたら死ぬぞ」 玄十郎が刀柄に手を遣った。
 「わしに斬られるぞ。くくく、それでも知りたいか?」

 ◆ 「さあて、お立会い! またまたこの本を手にして『あとがき』を先に読んでいるあなた、今度も買って 損はないよ! さ、あまり深く考えず、レジにむかって レッツゴー。 毎度ありがとうございます」
 作者の「あとがき」は自信に溢れている。