女敵討ち ぶらり平蔵活人剣3
吉岡道夫著 コミックス時代文庫 2004 2008/09/25
黄金の蛇が瑪瑙の髑髏を抱き、鎌首をもたげている。深手をおった隠密おもんの乳房のあいだから
ぽろりと落ちた細工物、これが事件のとっかかりだった。
神谷平蔵の剣友、井出甚内。この無外流達人とその恋女房に、どんな秘密の過去があるのか。
怪しい影が陣内をつけねらい、事件は意外にも幕府の貨幣鋳造をめぐる疑惑に。
−−町医者暮らしになじんだ平蔵に、千両・万両の話はピンとこないが、黙って見過ごすには無法
すぎる。陣内を救い、幕府の暗部に巣食う悪党どもを征伐する、ぶらり平蔵が立ち上がる!
正義の剣が冴える痛快剣豪時代小説シリーズ、第3弾。
邯鄲の夢ー忍びの掟
細工師・乙次郎の死体が発見された。
「正面から袈裟掛けの一太刀だ。下手人は侍と見てまちげぇねぇが、こいつぁ、並の腕じゃねぇ。
相当な手練れだぜ」 斧田は定町廻りらしい巻き舌で断言した。
神谷平蔵は神田新石町の弥左衛門店で診療所の看板をあげている町医者。井出甚内は明石町で寺子屋の
師匠をしており、妻と三人の子持ち。矢部伝八郎は三人の中でももっとも気楽な身だが、道場の師範代
として門弟に稽古をつけるのが勤めであるから、そうそう道場を空けるわけにもいかなかった。
三人は交代で磐根藩の上屋敷へ出稽古に出かけている。
藩の側用人と話をした後、帰り道で神田橋御門の近くで数人の黒い影がもつれあい、乱闘しているのに
出くわした。
「お濠端もわきまえず刃傷沙汰とはなにごとだっ。双方とも刀を引け!」
平蔵の声を聞き、「邪魔がはいった! 退けっ!」 三人の賊が身をひるがえして、風のように
縦間の闇に溶けこんでいった。闘っていたもう一方の黒装束の一人は傷を負って濠に身を投げ、
残った一人は自らの胸を刺し自刃したが、駆けつけた平蔵に、「お、おもんを・・・・おもんを、
たのみいる」 と言い残して息絶えた。
平蔵は直ちにおもんを助け上げ、おもんの隠れ家まで運び傷の手当てをした。その時、おもんの
胸のところから、黄金の蛇が瑪瑙の髑髏を抱き、鎌首をもたげている飾り物が転がり出た。
毒まんじゅう
ひとつ困ったことに美乃吉は根っからの好き者で、三日も男の肌から遠ざかると体の芯が疼いてくる。
乙次郎に囲われていたあいだも、美乃吉はこっそり情夫と密会を重ねていた。
情夫といっても清水弦之助という歴とした旗本の家臣である。不粋者が多い侍にはめずらしく、女を
あしらうツボを憎たらしいほど知りつくしている男だった。
乙次郎の囲い者になったのも、清水弦之助から頼まれたからである。いわば美乃吉のほんとうの
旦那は清水弦之助ということになる。
「どうだ、美乃吉。これから先のこともある。本所か深川あたりでころあいの店をもって、小料理屋
でもやってみないか。むろん、金の面倒はおれがみてやる」
「そのかわりといっちゃなんだが、ひとつ、おまえに引き受けてもらいたいことがある。頼まれて
くれるだろうな」 「なに、人をひとり、探してもらいたいだけのことさ」
「・・・・さがせって、どんな人なんです」 「井出甚内という浪人だがな。この男、無外流の
達人で、めっぽう腕が立つ」
賄賂のからくり
「なにしろ荻原は常憲院さまのころから幕府財政を一手に掌握しておる。荻原がすすめた元禄の改鋳
は悪貨流布のそしりはあるにせよ、破綻寸前だった幕庫に五百万両という巨額の出目をもたらしたことは事実
だからの」
新井白石は家宣の政治顧問に任じられてから、荻原が幕府財政をほしいままに動かし私腹を肥やして
いることを知り、再三にわたって荻原重秀を弾劾する文書を間部詮房を通して家宣のもとに提出してきたが、
弾劾書はことごとく握りつぶされてきたのだ。
「・・・きやつは、いまや、なりふりかまわず保身に奔走しておる。もし、白石先生の弾劾が
上様に取りあげられるようになったら、これまで手にしてきたものをすべて失うことになりかねん」
「粒来小平太を失ったのは残念さったが、おもんが兄の命とつりかえにしてまで荻原の屋敷から
持ち帰った、この黄金の蛇が、荻原糾弾の糸口になる」
執鬼
斗南藩の藩士だった井出甚内は同じ組長屋の娘・佐登と婚約していた。陣内が藩命で江戸にいる間に、
郡奉行の倅・清水弦之助が佐登に目をつけ、名門をかさにきて佐登と陣内の婚約を破談させ、自分と
婚約させた。
しかし、婚儀の前に、陣内の父が何者かに殺され、佐登の父から佐登を連れて脱藩するよう勧められた。
陣内と佐登が国境の峠を越えて脱藩した後、郡奉行の清水家は不正が公となり取り潰された。
清水弦之助と壺井左門は江戸に出て荻原の家臣となっていた。
切支丹坂の決闘
新井白石を亡き者にしようという謀略を察した平蔵は、逆に罠をかけ、清水たちと雇われ浪人を
切支丹坂におびき出し、決闘の末に倒す。
一人逃げ出した壺井の行く先は、深川の美乃吉の小料理屋と見当をつけ追いかけた。
小料理屋で壺井を見つけ、死闘の末に倒す。
家の土間の穴には、清水たちが隠した質の落ちる貨幣が隠されていた。荻原の尻尾が掴めた。
◆ 大身旗本の次男坊が長屋暮らしをしながら、事件に絡む。
長屋には心の通う仲間がいて、助け合うという筋書きは、なかなかいいものだ。