初ものがたり       宮部 みゆき著   新潮文庫 1999                   2006/9/28

 鰹、白魚、鮭、柿、桜・・・・。江戸の四季を彩る「初もの」がからんだ謎また謎。
 本所深川一帯をあずかる「回向院の旦那」こと岡っ引きの茂七が、子分の糸吉や権三らと難事件の数々に挑む。
 夜っぴて屋台を開いている正体不明の稲荷寿司屋の親父、霊力をもつという「拝み屋」の少年など、一癖二癖ある 脇役たちも縦横無尽に神出鬼没。人情と季節感にあふれた時代ミステリー・ワールドへご招待!

 この本は、◆ お勢殺し  ◆ 白魚の目  ◆ 鰹千両  ◆ 太郎柿次郎柿  ◆ 凍る月  ◆ 遺恨の桜    の六編が収められている。

  お勢殺し
  深川富岡橋のたもとに奇妙な屋台が出ているーーという噂を耳にしたのは、ちょうど薮入りの日のことだった。
 「なんでその屋台が妙だって言うんだい」
 「当たりめえの稲荷寿司ですよ。枕ほどでっけえってこともありゃしません。それが、夜っぴて開けてる屋台なんでさ」  子分の糸吉が話した。
 「へえ。夜鳴き蕎麦でもねえのに、丑三つ(午前二時)ごろまで明かりをつけて寿司を並べてるってんで、あのあたりの 町屋の連中が首をひねり出しましてね」
 たしかにそうだーーと、茂七はちょいと首をひねった。

 事件が起きた。 「女の土左衛門です」と、権三は答えた。
 「下之橋の先で杭にひっかかってあがりました。すっ裸で、歳は三十ぐらいです」
 「女が心を決めてどぶんとやらかすときは、裸になんかならねえもんだ」  茂七の感が、これは殺しだと囁いた。  

  鰹千両
  漁師あがりの魚屋・角次郎が茂七の家に相談にやってきた。
 「親分さんに信じてもらえるかどうかわからねえが、まったく妙ちきりんな話なんです」
 「今朝のことです。人が訪ねてきて日本橋の通町の呉服屋・伊勢屋の番頭さんだそうで、あっしの鰹を買いたいって。お店に 持って帰るから、一本まるまる、刺身につくってくれっていうんです」
 「そいつが妙な話だっていうのかい?」
 「それが、千両出すっていうんです、鰹一本だけに」

  凍る月
  若い男が茂七を訪ねてきた。今川町にある下酒問屋河内屋の当主、松太郎である。
 「手前どもの店で、また変事がありまして」
 「ほほう、今度はなんです?」     「奉公人がひとり、逐電いたしました」
 松太郎は奉公人あがりの婿である。一昨日の昼ごろ、河内屋の台所から、到来物の新巻鮭が一尾、盗み出されて 失くなった。
 今朝になって、おさとという台所女中が盗んだのは私ですと白状し、店をでたまま戻らないのだという。

 「拝み屋」の日道さまは、「おさとは死んだ」 と松太郎に告げた。 ところが、稲荷寿司屋の親父は「おさとは生きている」という。

  遺恨の桜
  頼まれて拝みに出かけた日道さまが、帰り道、弥勒寺近くの両側を武家屋敷にはさまれた暗がりで、数人の 男たちに襲われた。男たちは一見してやさぐれ者たちばかりで、刃物こそ持っていなかったが、 日道を駕籠から引きずり出し、さんざんに殴ったり蹴ったりした上で、一緒にいた日道の父親と母親を脅しつけ、 有り金を奪って逃げていった。

 茂七の家にお夏という娘がやってきた。歳は十八。
 「あたしは、神田皆川町の伊勢屋で女中奉公をしています。奉公にあがって五年になります。あたしがお願いしたいのは 人探しなんです」
 同じ伊勢屋の下働きをする清一という男と所帯を持つことになり、主人夫婦もそれを許していたのだが、一月ほど前に 急に姿を消してしまったのだという。
 日道さまに拝んでもらったところ、「深川のどこかで、広い庭に、江戸じゃ珍しい大きなしだれ桜のある家の 中だ」 っておっしゃるんです・・・・

 ◆ 宮部みゆき氏の本の二冊目だ。捕物帳のようなスタイルだが、茂七が大活躍というわけでもない。
 全話を通して、稲荷寿司屋の親父の話があるのだが、最終話まで進んでも、結局親父の正体は明かされないままで、 この点がで不満が残る。
 著者自身があとがきの中で、「周囲の先輩作家や友人、編集者の皆さんからも、稲荷寿司屋台の親父の正体は 何なのか、日道坊やはどうなるのか、あの連作は続けないのかと、好意的なお訊ねをいくつか受けました」 「いつか必ず再開します」と書き、また「いずれ必ずというお約束を・・・」と書いているので、当てにしないで 待つことにしよう。