後家長屋     阿部牧郎著   講談社1999   2004/6/02

 阿部牧郎氏の本だが、図書館にあったので、どんな内容かと興味を持って借りてみた。
 ポルノ仕立てではあるが、性描写はごく軽め。それよりも大阪の町人風俗を、元侍の主人公の目から見て 描くという趣向が面白かった。また、当時の読み本・貸本の様子が克明に書かれており、勉強になった。

   町之介は、奥州・三戸藩に仕える武士だったが、さる事情でお家断絶となり、大阪で町人となり貸し本屋を始めた。
 妻は病気で亡くなり、小さい子供と母親との三人暮らし。資本もないので、株を持つ大きな貸し本屋の支店となり、 毎日15貫の本を担いでお得意先を回っている。

「相済みません。ご禁制の本は扱うておらんのです。まだ店を始めたばっかりで、その筋の目も光っておりますので」
「そんなんなんとかなるやろ。花ちゃんに教えないかんのよ。いまなかったら今度もってきて。歌麿でも北斎でもええさかい」
「けど、なんで枕絵がご禁制なんやろか。おかしい思うヮ。好いた男と女どうし、だれしもすることを描いた絵やないの。 なんでそれ見たらいかんの」   首をかしげて、おふみがいいだした。
 色っぽい目つきで町之介をみつめる。
「やっぱり人には見せられない姿だからでしょう。子供がまねをするといけない」
 いいながら町之介はあきれていた。
 大阪の町人の女はなんとあけすけであることか。この二人ほど露骨ではないが、枕絵が見たいといわれたことが何度もある。 裏店の女房や商家の下女が多かった。性を恥ずかしいことと思っていないらしい。

「そやろか。うち、子供のときはいつも枕絵見てたんよ。家の神棚に何枚もおいてあったわ。親が留守のとき、 足つぎ(踏み台)もち出して、神棚からおろしてーー」
「むかしは枕絵なんかどこの家にもあったさかいなあ。うちも子供のころから見てた。寛政のお触れが出てから、 本屋さんにものうなってしもた。ほんまにお上はろくなことしてくれへん。世の中を味気のうするだけや」

 そんなものか。町之介は納得した。女の本音を初めて聞いたと思った。

   だが、こうして商人になってみると、その暮らしは予想よりもはるかに気ままで活気にあふれていた。 商いには家格も血統もない。才覚と努力だけがものをいう。先祖代々の禄高に縛られる武士と違って、うまくやれば 大名なみの長者になれる。その代わり怠けると地獄落ちである。

 大多数の武士は城や藩邸に出仕し、中身のとぼしい役務につく。あくびを噛み殺して一日を終える。窮屈だが、 呑気な身分である。自由な代わりに気の抜けない商人の暮らしとは正反対の生を営んでいるのだ
 まだ深く知らぬなりに、町之介は商人もわるくないと思うようになっている。 商家の使用人には武士以上に宮仕えの苦労があるのだろうが、自前の店をもてば上役も同役もない一城の主だった。 ほうぼう頭をさげてまわらねばならないのも、商いと思えば割り切りがつく。ぼんくらな上役たちに、 ただ上役というだけで頭を下げるのとは、まったく意味がちがうのだ。
 なによりも町之介は、だれもが本音でものをいう町人社会が気に入っていた。早い話、いなのあけすけな艶本談義 など武士のあいだではまず耳にできないしろものである。

  【元服式】
 町之介は問屋・出版屋・本屋・貸本屋を兼ねる大手の群玉堂の跡取り息子・新助の元服披露に招かれた。朝廷と武家の 習俗が町人にも広がり、裕福な町家は、たいそうな催事を行うようになっていた。

 剃刀親が、新助の前髪を切り、新助が 「ただいま元服つかまつりました」 と挨拶する。
 続いて相撲取りの介添えで【廻し祝い】(ふんどし祝い)が行われた。子供は元服してはじめて「ふんどし」を 締めるようになる。新助の元服は15歳である。

 この夜、新助は芸妓によって【筆おろし】をするのだという。

  大阪名物?の【孀嫁(ソウケ)】
 「孀(ソウ)」とは後家、やもめの意味である。生活に窮して臨時の娼婦になる一人暮らしの女を、むかしは そう呼んだらしい。そういう女たちは、西横堀川や長堀川で客を引く。材木置き場や川辺の土蔵の下などで 行為に及ぶのだ。貧民の女房、娘、町家の下女などけっこう多い。代金は一交三十二文が相場だった。 うどんやそばが一杯十六文だから、孀嫁はぴんしょよりもかなり安い。

 【ぴんしょ】:小船にのって客を誘う娼婦で、「米一升で一ぺんやらせます」という相場だった。