大盗禅師     司馬遼太郎著   文春文庫2003   2004/7/07

 『大阪落城から三十年。摂津住吉の浦で独自の兵法を磨く浦安仙八の前に、ひとりの僧が現われる。妖しの 力をあやつる怪僧と、公儀に虐げられる浪人の集団が、徳川幕府の転覆と明帝国の再興を策して闇に暗躍する。 これは夢か現実かーーー全集未収録の幻想歴史小説が、三十年ぶりに文庫で復活』

 裏表紙のこんな惹句につられて読み始めた。

   三代将軍・家光の時代、関が原の騒乱も過去の話となり、徳川幕府は安定期に入った。しかし、幕府の治世は まだまだ未熟であり、世間には浪人があふれていた。幕府は秩序を目指して浪人を排除しようとしたので、 追い詰められた浪人は、もう一度戦乱が起き、返り咲く機会を望んでいた。

 こんな時期に、高貴な生まれ(天皇の庶子)と称する怪僧が豊臣の復活を画策し、また静岡生まれの 由比正雪という男が軍学者となり、人気を得ていった。正雪は、丸橋忠弥という槍の名人を仲間に加え、 密に幕府の転覆を図ろうとした。

   大陸では明帝国が終焉を迎えようとしていた。北方から力をつけた満州騎馬民族が侵入し、清帝国となろうとした 時期だ。
 海上貿易で富を蓄えていた豪商・鄭芝龍・鄭成功の親子は、アモイを拠点として明帝国を支えようとしていた。 成功の母は五島にいた日本人であり、ハーフの成功は日本(幕府)の援助を要請した。
 日本にあふれる浪人を集め、海を渡って鄭父子の援軍とし清国を追い払おうという構想だ。
 このことは、『国姓爺合戦』として詳細が記録に残っている。

   浦安仙八も浪人の子として生まれ住吉の浦で育ち、成人の頃に漁師の娘と一緒になって漁師になるか、 浪人として幕府に追われるかの選択を迫られるが、不思議な経緯で怪僧・大濤禅師の配下となる。
 さらに、正雪の仲間ともなるが、ある時、蘇一官という謎の人物と出会い、彼に連れられて海を渡り、 鄭成功と会う。仙将軍と名前を変えて、鄭成功の軍事を助けて活躍するが、日本からの援軍を求めて 再び日本に帰る。

 由比正雪の乱は、歴史の通り事前にことが洩れて、正雪は久能山で自決する。
 仙八は大濤禅師や蘇一官と共に大陸を目指す船中にあるとして物語は終わる。

 ◆ 大濤禅師のあやつる妖かしの術、蘇一官は男か女か、ここと思えばまたあちらという具合に、 著者の語り口に釣られて読み進むのが実に楽しい本だった。