錬金術師の魔砲   Jグレゴリー・キース著  金子 司訳   ハヤカワ文庫2002   2003/3/28

 これは奇妙な小説だ。
 時代は18世紀前半。フランスとイギリス、それに当時イギリス植民地だったアメリカを舞台とする 歴史ファンタジー。
 登場人物はルイ14世、アイザック・ニュートン、ベンジャミン・フランクリンなど、歴史の授業で お馴染みの人たちが大勢。となれば、実在の人物たちによる華麗な時代絵巻といったっものを想像 してしまいそうだが、ここに描かれている物語は我々の常識とはまるで違うーー(解説より)

   18世紀初頭。イギリスとの戦いで劣勢に立たされたフランス国王ルイ14世が耳にしたのは、一瞬に してロンドンを無にするという究極の科学兵器<ニュートンの大砲>。国王はただちにヴェルサイユに 科学アカデミーを移し、敵国の天才科学者ニュートンの理論を応用した、この最終科学兵器の完成を 目指すのだった。

 イギリス植民地の北米・ボストン。ある日、天才少年ベンジャミン・フランクリンは科学者たちの 通信文書を傍受する。それは、謎の兵器を完成させるために必要な数式を模索していたが、 これを敵国フランスの極秘通信と気付かず、(イギリスの通信だと思い込み)数式を補完する アイデアを返信してしまった。
 ベンはこの後、正体不明の謎の人物に警告を受け、さらに命を狙われ、命からがらボストンを逃れて ロンドンに渡り、ニュートンに会おうと試みた。

    

   「サー」セーラがたしなめた。その目は楽しげに揺れている。「明らかに、あなたはロンドン暮らしが まだ長くないようね。そうでなかったら、女性にどうあいさつしたらいいか知っているはずだもの」 そういうなりセーラは一歩進んで、ベンの唇にすばやく、暖かなキスをした。ベンの胸まで閃光が駆け抜けた。 (中略)
 もちろん、唇にキスするのは、ロンドンでは握手代わりの普通の挨拶だということぐらい、ベンだって知っている。 女性とキスするのは心地よいことだろうとは、日頃から想像していたものの、現実は想像していたより ずっと上だった。

   18世紀前半、ニュートンの名著『プリンキピア』によって、科学は始まったばかりである。
 しかし、この小説では魔法や錬金術が科学に代わって様々な便利な道具を提供している。それらを思いつくままに 書くと
 ・エーテルスクライバー:手書き文字を送受信するファックスのようなもの。
 ・アイギス:透明化マント
 ・(トレクトの発明した)鏡:TVのようなもの
 ・生命の秘薬:不老長寿の薬
 ・アフィナグラフ:感版式写真機
 ・アフィナスコープ:親和力(重力)望遠鏡
 ・クラフトピストル:分子分解銃?
 ・太陽系儀:太陽系の惑星の動きをシミュレートする器械。各惑星の球は宙に浮く。


   「科学が歴史をないがしろにしはじめておる。恥ずかしい話だ。なぜなら、こんにち我々が 発見した事柄はー錬金術へのボイルの熟達、ハーヴェイの解剖学、さらにわたし自身の研究さえもー 古代の人々が知っていたことの単なる再発見にすぎないのだから」
 「そうだとも。ソドムとゴモラで、滅亡の前日にどれほどの科学的発見がなされていたのか 考えてみたくなる」
 「ピタゴラスやプラトンは、私が再発見したのと同程度の科学的知識を持ち合わせていたことと思うが、 その知識を神秘的現象として秘匿するというあやまちを犯した。アリストテレスとその逍遥学派は それを理解できず、彼らの愚かなあやまちが、その後2千年以上にもわたって知識に影を投げかける ことになったわけだ」 (ニュートンの言葉)

   フランス側ではサン・シール学院を卒業した美貌のアドリァンヌが魔砲の謎に迫り、ルイ14世暗殺の 巻き添えになったり、ルイ王の愛妾から王妃への道を歩む。ダルタニアンの養子ニコラとの恋も 話を華麗に彩る。

 ニュートンの魔砲とはどういうものか、それはどんな効果で英仏戦争を終わらせるのか?

 この物語はシリーズ4作の幕開けの巻だ。続巻への期待が盛り上がる。